インタビュー
国吉直行
国吉直行
横浜市都市計画局都市デザイン室 主任調査員
横浜市の都市デザイン室の前身、企画調整室が1971年に誕生。そして、正式に発足したのが1978年。自治体の中に都市デザイン室という概念を初めて持ったのが横浜市。国吉直行さんは当初からのメンバーです。
 今から25年程前ですか、横浜は大都市に膨張していく時だったんですね。人口も百数十万人から一気に二百万台、一年間に10万人ずつ増える。それが10年以上続くという異常な増え方でしたが、現在は336万人。その時に、都市づくりをきちんとやっていかないと都市としてパンクしてしまうということで、街づくりの対応のシステムを考えたわけです。バラバラで行われている事業を国や民間まかせにせず、横浜市自体がプロデューサーとして舵取りをするということで前身の企画調整室というのが1971年にできました。

─具体的にはどんな仕事なんですか?

 まず、開発の勢いと需要を生かして街づくり、例えば、建築物を建てる場合には全面に広場を造ったら床面積にボーナスをつけるといった、ただ抑制するのではなく交換条件で街づくりに協力を求めていくギブ&テイクのコントロール。それからもう一つは、自立した都市づくり。鉄道、道路、インフラをうまくつなげながら整備していく一方、就業の場を作り、昼間人口を増やす。自立した都市として、働く場と住む場のバランスがとれた都市づくりをめざしていく。それまでの「都市デザイン」とい う概念は丹下健三氏などが新しい街をつくるという意味として使っていましたが、既存の街を時間をかけて変えていくという意味での「都市デザイン」という概念はなく、その教育もありませんでした。「都市デザイン」という仕事はいわゆるコンセプターといったところですか。
 11月に都市デザインフォーラムというのがありますが、これも地区からの発想ということで、大都市をひとつの都市て捉えるのではなくて地区毎のコンセプトをつなげていこうとしています。どんな街でもその街らしさの要素は持っていますよね。それをうまく引き出して見せていくというのが都市デザインだと思います。個性をきちんと表現すると、街が生き生きとしてくる。その中で眺望的なものを大事にしていく。

─ライトアップは横浜の都市デザインの一つの特色かと思うんですけど。ネオンサインについてはいかがですか?

 ネオンサインは関内なんかに似合うと思いますよ。横浜にはノースドッグ、米軍の基地があって輸送用の補給基地が残っています。その付け根の瑞穂埠頭に有名な『スターダスト』というバーがあるんです。それはネオンのたたずまいが良くて、よく写真になったりするんですが、真っ暗な中にネオンがぽつんとある。横浜の港町のひなびた雰囲気にはぴったりなんです。あるいはニューグランドのホテルの内照式のサインなんかは横浜のイメージをつくっている。近年、そういうのが似合う横浜も少なくなってきて、ネオンだけのせいではないけれどこれだけいろいろな光があるとネオンも横並びに見られてしまう。だから電飾広告ではないけども、スクリーンを使った大型文字放送なども、そういう映像型のものなど技術の競い合いみたいな所にひっばりこまれている。もともとのネオンのもつ良さというのがなくなっている。そうなると、ともかく控えめに控えめにといった感じにならざるを得ない。
 古典的な、粋なネオンというのは意味があると思います。中にはラスベガスみたいなネオンとしてのあり方もあると思いますが、そこまで徹底するとそれはそれで一つの街になっていくわけですよね。

─これまでの景観規制等の中で調整等で、施主と建築協定的なもので話し合った例は?

 山下公園の周辺は屋上の広告は港に向かって個別のコマーシャルは出さないということで協力をお願いしました。ただ先程もでた横浜ニューグランドホテルのサインなんかは横浜らしさを出しているということで残したんです。なにかネオン的な素朴さがありましてね。どうしても総量規制となってしまうんですが、出来るだけ落ちつきや品格を持ったといった視点でやっていただけるよう、それぞれの申請時にはお願いしています。変化の速度をゆっくりとかね。

─申請時にきちんと話し合いが持たれれば決してネオンが否であることはないのですか?

 そうですね。施主の側は媒体は大きい方が高く売れる。デザイン室は基本的に小さくして欲しい。これは絶対ぶつかるわけですよ。じゃあお互いどう妥協するかという事ですよ。建物の飾りとして工夫したいということについては議論していけば、この街にあったいいものを作っていけるのではないでしょうか。

─デザインの一つの要素としてサインとして、使われていくのであればネオンも考えられると。

 ネオン業界と自治体との関係がいつも規制の点で問題になっていくかと思うんですが、行政の側としてはネオン業界からデザイン的にプレゼンテーションしていくとか、街づくりのあり方として出していただければ。
 そういえば、アーティストの人がネオンアートのミュージアムを作りたいという提案があった事はありましたね。なんかうまく行かなかったんですけれど。横浜だったらブリキのおもちゃの博物館などのクラシックイメージとか港町とかそれをバックにネオンを使うとかね。
 山下埠頭のあたりにね。屋根の上にエスニック料理のレストランなんかあってヨットもちらほらあったりして、あの辺の暗がりの中に人を呼び寄せるといったネオンの演出はいいですね。ネオンにはそういった特殊なイメージがあリますよね。

─横浜の都市デザイン室としてのこれからは?

 これからも港を中心として横浜らしさを出した街を作っていきます。デザイン的にはアイレベルのデザインとして対岸の照明景観を考えるとか、遠くから見たときにつながっていくような照明を考えていますね。百万ドルの夜景はないですが、逆にそうではない演出を考えていますね。ベイブリッジや東電タワーなんかも時間によって光が変わるんですよ。あとつばさ橋。それぞれ連関性はあります。毎年この時期になると雑誌で夜景の見える横浜の特集が組まれて、今年の新しい横浜の夜景は?と必ず尋ねられます。

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