最前線シリーズ 9

 

ネットワーク配信型のデジタルサイネージはスタンドアローン型より有用なのか?


月刊『サイン&ディスプレイ』編集部 青木利典

 デジタルサイネージの長所としてしばしば取り沙汰されるのは、“ネットワーク配信によって複数のディスプレイをタイムリーに更新できる”という部分です。確かにこれは、従来のアナログなサインでは不可能なことです。では、街中で見かけるデジタルサイネージの大半がネットワーク配信型かというとそうでもなく、インターネットには接続せずに稼動しているスタンドアローン型も多いのです。
 広告や販促の分野でデジタルサイネージという言葉が普及し始めたのは2008年頃のことです。正確な統計ではありませんが、その当時でネットワーク配信型は全体の1割くらいだろうと言われていました。
 2011年現在、この点についての統計等はありません。そこで参考までに、2008年度と、2010年度のデジタルサイネージの市場規模を見てみます。複数の調査会社が市場規模を公表しており、多少のバラつきはありますが、2008年度で500億〜600億円台、2010年度で700億円台といったところです。2011年度の調査結果はまだ発表されていませんが、震災の影響などにより、大きく市場が拡大していることはありません。市場規模は2008年頃から現在まで、ずっと微増なのです。市場全体が微増するなかで、ネットワーク配信型の占める割合が増えたとしても極端に大きなものではないと思います。
 新規の媒体展開が目立つ鉄道系のデジタルサイネージは、ほぼネットワーク配信型です。その一方で店頭販促用途でのネットワーク配信型の普及はまだまだこれからといった印象を受けます。
 ではなぜ店頭販促用途のデジタルサイネージはスタンドアローン型が多いのか、理由をあげると以下の通りです。
 (1)コストの問題。
 (2)更新頻度が低い。
 (3)1面、2面といった規模で運用しているから。
 (4)ネット回線に接続できる環境にない。
 (5)トラブルによって停止するリスクを軽減するため。
といったところでしょうか。
 (1)のコストについてですが、ネットワーク配信には導入にあたっての機器代の他に、月々のライセンス費用やネット接続費用が発生します。スタンドアローン型であれば、コンテンツ制作は別にして一度機材を買えばランニングコストは電気代くらいです。
 (2)のように、あまりコンテンツを更新しない場合は、スタンドアローン型で充分です。
 (3)については、ネットワーク配信のメリットは複数のディスプレイを管理できることにありますので、ディスプレイ1面や2面程度での運用の場合、多くはスタンドアローンが用いられています。
 (4)のネット回線の環境については、ディスプレイの設置場所によってはLANケーブルを引き回すのが物理的に困難な場合もあります。最近では携帯電話の回線や無線LANを利用する機器も増えましたので、この問題は解消されつつあります。しかし、家電量販店などでは、店内に無線で接続するデジタルサイネージの設置を禁じているところもあると聞きます。
 (5)についてですが、スタンドアローン型よりはネットワーク配信型のほうが、接続トラブルなどによって画面が停止してしまうリスクが高いのです。ネットワーク配信型には複数展開する各ディスプレイの状況を一括して監視できるような機能があり、これはスタンドアローン型にはない大きなメリットです。離れていても状況が確認できるネットワーク配信型、その場に行かなければ状況がわからないスタンドアローン型、と考えるとネット配信型のほうが良く思えますが、シンプルな構成のスタンドアローン型のほうがそもそもトラブルは少ないようです。
 デジタルサイネージの導入にあたって左記の(5)を最も重視して、複数面展開でもスタンドアローン型を入れるケースがあります。筆者が最近聞いた話は次のようなものです。
 その会社は、国内の某大手家電メーカーに店頭販促用のデジタルサイネージ機器とコンテンツを収めています。それらは、全国の家電量販店の売り場に設置されます。設置台数は数百という規模です。それだけの規模であってもスタンドアローンを選んでいるのです。一番の理由は、デジタルサイネージがトラブルで止まってしまうと店舗側に迷惑がかかるし、復旧させるにはネットワークの知識を持った人員が必要だからです(このようなデジタルサイネージは店舗側が設置するのではなく、商品を卸しているメーカーサイドが販促費を使って用意し、店舗に頼んで置かせてもらっています)。
小売店の店頭で活用されているデジタルサイネージの多くはスタンドアローン型。

 そのため、ネットワーク配信型よりもトラブルの少ないスタンドアローン型が採用されているというのです。メーカーでは地域毎に担当者を配置し、その担当者が担当地域の店舗を日々巡回しているので、その際にUSBメモリを差し替えるといった手作業でコンテンツの更新作業を行っています。メーカーの担当者にとっては小売店の売り場の状況をチェックするのは日常の業務であり、その際に更新作業を行うのは、負担というほどのものでもないそうです。
 ネットワーク配信型のデジタルサイネージで一番のメリットとしてアピールされている点が、販促の現場からは必ずしも評価されていない場合もあるのです。ネットワーク配信型のデジタルサイネージシステムを販売する側は、システム上可能なことをセールスポイントとしてアピールしますが、導入する側は接続トラブルなどをある程度覚悟しておく必要があります。
駅構内に設置されて広告やニュース、天気予報などを流すデジタルサイネージはネットワーク配信型。

 この話はあくまで一例で全ての用途にあてはまる訳ではないでしょう。例えば鉄道系の広告用デジタルサイネージであれば、ネットワーク配信型のメリットを充分に活かしています。鉄道系のデジタルサイネージ広告媒体は、月単位、週単位、媒体によっては1日単位で販売されており、更新も頻繁に行われます。駅構内のポスターや電車内の中吊りなどは、付け替え作業のための専従の作業員がおり、デジタルサイネージ化することでこの部分の人件費を低減できるのは大きなメリットです。
 デジタルサイネージの導入で一番重要なのはやはり、現場の状況に合わせて最適な運用方法を考えることです。数年前のディスプレイメーカーが販売するデジタルサイネージシステムには、こういった視点が欠けていたと言われていますが、昨今のデジタルサイネージベンダーは現場の状況に合わせて活用方法やコンテンツの見せ方なども含めた提案を行っています。業界全体が試行錯誤を繰り返しながら、徐々に現場のニーズを汲み上げられるようになりつつあることは確かです。それでも、IT技術の進歩がもたらしたネットワーク配信型よりも、スタンドアローン型が選択されるケースがあるのですから、取り扱う際には過剰な機能を持ったシステムに惑わされないことが重要です。



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