ネオン前線北上中

 
 腕自慢・ワザ自慢 98 
関東甲信越北陸支部 東京ネオン(株)
藤田 進さん
藤田 進さん 電気小僧?だった進少年は長じてなお電気がご自身の中心軸ですね。
――最初からネオン関係のお仕事ですか?

 思えばもともと電気が好きだったんですね。小さい頃の愛読書は「初歩のラジオ」。小学生の時に電話級(現在は第4級アマチュア無線技士)の資格を取り、中学で電信級(第3級アマチュア無線技士)の資格を取りました。就職時はバブルでこれからはエレクトリックの時代だと、アルプス電気に就職し大阪支店で営業職を7年。
 平成8年4月結婚を機に東京ネオンに入社。今までは5ボルト程度の弱電ですが、こんどは変圧器などは1万5千ボルトもある強電。似通っているようで、まったく違いますね。
――義父でもある前社長は全ネ協の名誉会長でいらっしゃる。藤田さんも協会の仕事が多いですね。
 広報、経営委員、青年部世話人、全ネ協評議員、渉外環境委員、LED・新光源部会等々、関東ネ協も色々。これでも整理してもらったのですが。
 昨年から高村会長ご指名で東京都広告物審議会委員に。今後の業界のあり方を考えるに行政の見方はとてもに参考になります。個人的には3年前に第二種電気工事士の資格を取りました。反省としては、LED・新光源部会は自分が活かせる方向なのに殆ど活動できず、今後はブラッシュアップしていけるように提案してきたいですね。
 
 う・ち・の・会・杜 120 
関東甲信越北陸支部 (株)シマダネオン
島田真嘉さん

島田真嘉さん 同社は(有)島田ネオン工業所として島田昭夫氏が昭和47年に創業。ベテランの職人さんに来てもらい順調に業績を伸ばし、平成元年に(株)シマダネオンに組織変更しました。
 平成6年に島田真嘉さんが社長に就任。景気の変動や独立する社員、変遷の中で最後まで残ってくれたのが、父上が頼りとした先のベテランの職人さんだった。「3年前までずっと俺の面倒見てくれたんです」と真嘉さん。
 真嘉さんは大学卒業後、管曲げ職人を目指し、他社で1年間の修業を終え、(株)シマダネオンに入社。好況時にはネオン管曲げ職人さんだけで6人と曲げ屋さんとしては大所帯でした。「とにかく受注が多く、朝早くから夜遅くまで忙しかった」
 修業先で使ったプロパンガスと都市ガスでは火力に差があり、新米の頃は焼けすぎて失敗も。「父と5年間一緒に仕事をしましたが、一切教えてはくれなかったですね。納期に追われて暇がないというのが実情かな…。早朝4時からか、終業9時から、余った材料でやれと、こんな調子でした」
 数年前から会社はネオン管技工士試験の東京会場として、自身もネオン管技工認定委員会メンバーとして参加。「ネオンの灯は消したくはない。オーナーさんと話し合いながら小さいネオンをつくる機会があり、良い経験になった。父も仕事に大小はないと言っていたのを思い出しました」。

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