サインとデザインのムダ話

 
ハノイのサイン

 鉄道計画の仕事で2011年と2012年の秋に、それぞれ1か月ほどハノイに滞在した。
  空港に着いてまず目に入ってきたのは、見慣れないベトナム語のサイン。発音もできなければ、もちろん意味も解らない。最初は英語の併記に気が付かずに慌てた。
  空港からタクシーに乗り、行先を伝えるのは紙に書いたメモを見せるのが精一杯。自分も相手も怪しい英語を連発し、言語が分からないというのはなんと不安なことかと身に染みた。

〈空港〉  
 
 市内へ出ると、ほとんどのお店の看板は照明がなく、夜も中心街を外れると暗い。また、観光客向けの案内サインも見かけなかった。日本では、空港や駅、観光地のサインにも英語のみならず中国語や韓国語の表記が増え、外国からの旅行者には便利だろうと思うことがあるが、ここハノイでは、寺院ひとつ探すのにも英語の表示がなく、手元のガイドブックの写真と見比べて確認する始末…。だが、不便がゆえに異国情緒は満点だ。

〈駅〉  
 
  また、外国へ行くとその国の交通ルールやマナーにも気を付けて観光をするが、ハノイ観光では、交通ルールというべきか、まずは「避けて通れない」チャレンジがある。それは、歩行速度を一定に保ち、一気に道路を横切るというものだ。ハノイの市内には、ほとんど歩行者用の信号と横断歩道が無い。そのため、道路を横断する時は、バイクや車を「避けて通る」テクニックが必要なのだ。恐る恐る進むとかえって危ないと聞き、私は上手に横断する現地の人にくっ付いて渡るようにしていたが、それでも道路の真ん中に取り残されてしまうことが度々あった。大げさに聞こえるかもしれないが、「渡りたい!」という強い意思を持ち、前進あるのみである。事故が起きればこれがホントの「ジコ責任」。日本では、本来は良くないことだが、信号が安全を確保してくれると信じてしまう生活に慣れているため、横断のたびに緊張を強いられる交通ルールにはカルチャーショックを受けた。
  バイクも車も歩行者も、「ゆずる」というよりは「前進あるのみ」。これが、実はその国全体の活力の源となっているような気がした。

〈街〉  
 
  信号だけではない、普段、サインに頼って行動している東京での生活を思うと、サインは「親切心」の塊にもみえる。勿論、近年の公共交通は便利になる一方で複雑さが増し、安心で安全な移動空間のためにサインは不可欠な存在であり、親切なサインも必要である。それはこれからインフラ整備が進むハノイにとっても同じである。だが、現在は信号がなくても、サインがなくても、たくましく動き回るハノイの人々を見ていると、この先、この活力は一体どこへいくのだろうかと思う。  公共サインは、その地域の「らしさ」を保ちながら、一人でも多くの人に情報を伝えることが大切だ。それではハノイらしいサインとは?力強い生命力を感じる人々が暮らすハノイでは、もしかするとサインの役割にも新しい発見があるかもしれない。画期的なサインデザインが生まれるのかもしれない。…などと、想像しては楽しんでいる今日この頃である。

萩野仁美 contact:hagino@i-design.jp
(株)アイ・デザイン チーフデザイナー
「情報のデザイン」を専門とし、あらゆる公共空間のサインをデザインする。
ピクトグラムの規格化にも関わる。
・主な仕事:JR東海、羽田空港国際線、岩国空港、富士河口湖町のサイン計画
・Sign Design Society Limited (London)会員
・日本福祉のまちづくり学会 会員
・東洋大学ライフデザイン学部 人間環境デザイン学科 非常勤講師
http://www.i-design.jp   http://www.facebook.com/IDesignInc
萩野仁美さn


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