サインとデザインのムダ話

 
『街の美化はおもてなし? 』

横田保生
(株)GKデザイン機構 参事
上海芸凱設計有限公司(GK上海)総経理
横田保生さん
 上海と東京を往き来するようになって10年以上経った。
 最近、中国のPM2.5に関する話題が毎日のように報道されているが、その頃汚れていたのは空気だけではなく、歩道もそこら中でやっている建設工事の砂埃のお陰で常にほこりっぽく、ところによってはゴミが散乱し、そこから流れ出した汁が舗石の溝に溜まっているようなことがしばしばだった。だから、中国に行くときはお気に入りの革靴を履いていくのがためらわれたものだ。ところが、近年の上海の街は随分と綺麗になったと思う。北京オリンピックを終え、上海万国博を迎えた頃からは街が美化され、歩道からタバコの吸い殻や小さなゴミまでもが姿を消した。
 美化と言えば、JR民営化の時が思い出される。あのときJR東日本はサービス改善の一環としてまず職員の挨拶奨励や駅の美化を行った。汚い、臭い、怖いの3Kと言われたトイレをトイレットペーパーの補充やマメな掃除とで、使いやすく綺麗にしていった。そしてサイン計画などの設備改善施策がこれに続き、再生JR東日本のイメージチェンジは短期間で成功している。やはり環境美化はまず掃除が基本と言うところか。
 そんな目で上海を見ると確かに道路の清掃員が異常に多い。街を歩いているとゴミ箱付きの電動三輪車や箒とちり取りを持っている制服を着た清掃員にしょっちゅう出くわす(写真@)。特に冬の落葉時には、街路地の落ち葉掃きが常に行われている。上海にはフランス租界の面影が色濃く残る地区があり、プラタナスの街路樹は見事に保存されている。深夜人影の全く無くなった時、掃き清められた道路を見通すと、街路灯に照らされて並ぶ街路樹は実に美しい。人がいなくなったときに美しいと感じるというのもなんだが、わざわざ仕立て上げられた有料区域と言われても遜色ないくらいに美しく、私は大好きだ。そんなプラタナスは冬に大量の落ち葉を落とす。それを多くの清掃員がかき集めている訳だ。落ち葉と共に細かなゴミも取られていくので、その時期のフランス租界はいつも綺麗。
 中国との往き来を始めたばかりの十数年前「中国の人はゴミやタバコをポイポイ捨てているけど、どうなのかね?」と横の添乗員に尋ねると「いいの、清掃人の仕事がなくなる…」こんな会話をした覚えがあるが、中国は人海戦術が出来るのがいい。
  フランス租界の本家本元であるパリの街並みの見事さは有名だが、道路にポイポイは思いの外パリでも同じだ。道端にタバコの吸い殻や小さなゴミが平気で捨てられているのが目につく。一方、綺麗な道は洗ったがごとく綺麗なのだ。そのギャップが気になったが、理由は朝の散歩をしているときに解った。清掃員が道端のゴミを水で流して下水に落としていたのだ。パリでは160年前のオスマンによる都市改造計画以来、数十年の論争を経て「全てを下水に トウ・タ・レグ」なのだ。街の底力となる下水基幹施設が充実しているってのは羨ましい。
 中国にも水を道路に溢れさせて清掃する街がある。雲南省の麗江という古都だ。雪解け水を利用した水路の発達した麗江は至る処に清流とその支線の側溝があり、綺麗な側溝の水を堰で溢れさせ、石畳の道を洗い流すのだ。何百年もの間靴底に磨かれ、水に洗われた石畳は清々しくて実に美しい(写真A)。


また、ヨーロッパの古都ウィーンでは、街中にゴミ箱と灰皿が多く配置されていた。と言っても灰皿と言うべきか灰筒というべきか解らない形状ではあるが、これで十分用が足りている。ウィーンでもタバコが嫌われ、自動販売機などはほとんど存在が解らないようにひっそりと置かれている。その目立たない供給のしかたに比べて始末する灰皿の多さには驚かされた。お陰でウィーンの街にも投げ捨てタバコはない。
 上海の街から落ちているゴミが少なくなったのは、この高度経済成長の中で国際社会の第一線に並ぶという政府の意思があったのは間違い無いだろう。評判の悪かった不衛生な公衆便所の改修増設やゴミ箱の増設が行われ、万国博前の一二年の短い間に外国人を上海に受け入れる環境体制が整えられていった。これらは観光行政の一環として行われたものだろうが、同じやるなら面子が保てるところまで見栄を張ると言うのが中国のやり方だ。新しく設置された公衆便所は有人で常に清掃されている立派なもの(写真B)。灰皿付きのゴミ箱も、繁華街では50メートルも無い間隔で設置されている。本来の機能を全うするためだけなら、完全にオーバークオリティだ。同じことが街のライトアップに見ることが出来る。
 上海のライトアップは、街の中心を流れる黄浦江沿いに並ぶ歴史的建造物が有名だが、大きな橋や街路樹など到る所に施され、なんと高速道路自体もライトアップされているところがある。しかもどぎつくぎらつくLEDブルー。本来設置されているオレンジ色のナトリウムライトと混色されて遠目には青紫色に見える(写真C)。この強烈なセンスはどこから出てくるのだろうか。訳がわからない。高速道路高架のライトアップも当然観光行政の一環だろうが、ここまでやるのは来訪者へのおもてなしと取るべきか、自己主張丸出しの面子を保つための見栄と取るべきか。



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