サインとデザインのムダ話

 
『勝ち組ハウス 』

宮崎 桂
サインデザイナー
株式会社KMD代表取締役
公益社団法人日本サインデザイン協会副会長

  昨年大型のシェアハウスのサイン計画の仕事をした。
 644もの個室を持つ、いわば新たなビジネスモデルともいえるもので、新聞テレビなどでもずいぶんと話題になった。
 ウォーターフロントの倉庫があった場所の建て替えだが、10階建ての棟が中庭を介し3棟。個室は狭いが、トイレ、シャワー、もちろんベッドやデスク、収納棚など一通りがセットになっており、ホテルのシングルルームと同じ手軽さで、すぐに住まうことができる。
  二層ごとの共有スペースには、キッチンとリビングスペース、ランドリーなどが完備され、おまけに超大型施設ならではの特典として、レンタルの書斎やロッカー、ライブラリー、フィットネスルーム、大浴場があり、レストランが入るスペースもある。都心に近い地の利を含め、至れり尽くせりの手軽さだ。
 実はこのシェアハウス、644室は対個人の賃貸契約ではなく、大手の企業にまとめて貸し出す形式。言ってみれば企業寮の集合体である。借り手側の企業には最大50室までという制約があるが、50と限定しているのは貸す側のリスクヘッジの意味もあろうが、できるだけ多業種の企業にアピールするもくろみがあるのだろう。
 財政のスリム化で企業が独身寮などを持たなくなってから久しいが、大企業相手にはこうした新しい住まい方のモデルがちゃんと用意されていることを知った。しかもここに入居できるのは企業の中から「選抜された」エリートたちばかりというから、それを真に受ければ、まさに人生の勝ち組たちの新しいすみかということができる。
 一方、負け組側のシェアハウス(というよりむしろこちらの方が一般的シェアハウスの概念ではあるが)は、経済事情から生まれた苦肉の策であり、一時はまかりまちがえば脱法というところまでエスカレートした。そこまでいかなくとも小型のシェアハウス、シェアオフィス、グループホームなどのシェアの概念は、経済性だけでなく、高度成長期に建てられた中古ビルの格好の再利用として広がりをみせた。だから今後もますます老朽化する建物が増え、おまけに単身者やワーキングプアも増えるとなると、スタイルこそ違え、こうした住居が増え続けることは想像に難くない。
 最近ではただの雑居的な概念から一歩進んで、同じライフスタイル、同じ趣味を持つ者の場として、高付加価値な共生住居が登場しており、そうした同居形態はシェアハウスとは呼ばず、コレクティブハウスと呼ぶのだそうだ。中には家族がありながら単身入居する人もいるとか。
 ここまで行くとこれからは、勝ち組も負け組も、老いも若きも、単身でなくとも「シェアハウス みんなで住めばこわくない」、なんてことになるのかも。
 ところで、工事が終わり、サインの検査かたがた完成した館内をあらためて見て回ると、こんな狭いところじゃ住めやしない、と思っていた私だが、個室はともかく共有スペースの充実ぶり、それよりなによりお風呂の掃除をしなくていい、ゴミを出さなくてもいい、家のメンテナンスがいらないという点には、お手軽で魅力を感じるばかり。ものぐさにはもってこいかもしれない。
 まあ、それは冗談にせよ、母親的な目線で感じたのは、これから入居する若いエリートたちが果たしてここから出ていくことができるのだろうか、という疑問。
 居心地のよい空間、つかず離れずの疑似家族の中で、あえてめんどうくさい結婚などする気になるのだろうか、と大いに心配になったのだ。


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