エッセー

 

ヨーロッパ 都市の雑感

NEOS編集顧問 小野博之

 今年の3月初旬、ベルリン、プラハ、ウィーンの3都市を建築視察の目的で廻った。有名な建築物を巡るツアーを専門に企画している旅行社の主催で、私は毎年お世話になっている。参加者は23名で建築関係の仕事をしている人が大部分だが、趣味で建築に興味を持っている人も混じる。年齢、性別はまちまちで、最高齢者は82歳の女性。私は何度かご一緒しているが、腰は少し曲がっているものの元気そのもので、建築は全くの素人ながら興味いっぱいで動き回っている。彫りの深い顔立ちで、若い時はかなりの美人だったのではなかろうか。
 私は3都市ともすでに何回か訪問しているが、今回は見ておきたい建築が二つあったので是非ともという気持ちで参加した。ベルリンのAEG(アー・エー・ゲー)タービン工場(写真@)と同じくベルリンの郊外にあるバウハウス校舎である(写真A)。


  AEGタービン工場はペーター・ベーレンス、バウハウスはワルター・グロピウスの設計になり現代建築史の第1ページを飾る伝説的な建築物だが今でも残っているものか疑問に思っていたのだ。ところが、2作品とも立派に存在していたのだ。
 AEGタービン工場は1910年の建築で、以後105年経過し、現在はシーメンスの看板が掲げられていたが昔の写真に何らの改編も加えられず立派に稼働していた。バウハウスの校舎は1926年の設計だが、最近建てられたのかと思うくらい真新しく、デザインも斬新なのだ。ヒトラー政権時代弾圧を受け、廃墟同然になっていたものを改修し、今でもデザイン活動の拠点として立派に活動し、見学者も絶えない。この二つは世界遺産にもなっている。ヨーロッパの都市の大部分は第2次世界大戦で多大な被害を受けている。有名な建築や教会がよく残っているものだと感心していたら、大概が爆撃で破壊され、戦後忠実に復元されたものが多いと分かった。
 今回の旅行社のツアーは、参加費を安くするためいつも朝食だけ付いていて昼と夜はフリーになっている。昼は視察の途中なのでみんなと一緒にカフェテリア等の軽いもので済ませるが、夕食が問題だ。
 私は食事に関しては大の和食派なのだ。日本のレストランは探すのが面倒だし、ヨーロッパ料理は予約を取るのが大変だ。ホテルの近くで済ませればいいようなものだが、店によって旨いまずいが著しい。ヨーロッパは物価高で値段は日本に比して倍ぐらい高い。そこで、今回は毎食部屋で自炊することにした。ガイドに聞けば近くのスーパーを教えてくれる。生ハムやサーモン、サラダはそこで調達できる。たとえば生エビのシュリンプは食べきれないほどの量でマヨネーズ付き3.6ユーロだった。それを酒のつまみにして、メインは日本から持参したアルファ米やインスタントラーメンの類だ。アルファ米も山菜ごはん、チャーハン、おこわと種類が豊富だ。
 酒はこれも日本から持参の泡盛だ。たまにはワインも飲んだが、中級レベルのものでもスーパーなら日本円にして1,500円から2,000円程度。スーパーでの買い物にも大分慣れた。レジではベルトコンベアに買った品物を自分で並べなければならない。三角スケールみたいなものが置いてあり、これで隣の客との仕切りをする(写真B)。日本のようにレジ袋をくれないから、あらかじめ買ったものを入れる袋を用意して行く必要がある。その点日本は至れるつくせりだが、その分コストが上がっているのは間違いない。


 ヨーロッパの都市はどこでも公園は多いし、美術館や博物館も広大な土地に建っている。どうしてこんなに余裕があるのだろうかと考えた。
 それは住宅のあり方にあるようだ。都市の中心部にあるのは集合住宅で一戸建ての住宅はほぼ存在しない。だから金持ちは郊外に住む。日本では銀座や新宿といっても高層ビルが建っているのは主要道路沿いだけで裏に回れば2階建ての住宅がまだ多い。
 私が知っている同業者は港区の麻布にあり、近所には大使館も多いが、こんな所でよくネオン屋をやっていけるものだと感心した。要するに日本の都市はビルと一般住宅が混在し、そのため都市に緑が少なく、そのくせだだっ広く拡大している。ヨーロッパでは都市の住居は基本的に共同住宅で、1、2階が店舗になっている。道路が広く、路上駐車がOKなのだ。マンション住まいなら車の置きどころがないから、道路が駐車場を兼ねているのだ(写真C)。
 ウィーンのカール・マルクス・ホーフという集合住宅にはびっくりした。全長が約1キロメートルもあり、バス停ならその間に二つか三つ出来そうだ。自動車道路が建物の1階を貫通する巨大建築なのだ。都市と集合住宅がいかに一体として考えられているかがうかがえる(写真D)。


 もう一つ、不思議に思ったのはビルとビルの間に隙間がないことだ。日本では規定で建物は敷地境界線から50p以上開けることになっている。だから隣同士で1メートル以上も空いている。それはRCでも木造でも同じ、商業地域でも住宅地域でも同様だ。先日、誤ってビルの隙間に転落し、死亡者が何日間も発見されなかった記事が新聞に載っていた。考えてみたらこれは大きなスペースの無駄ではなかろうか。
 ヨーロッパではビル同士が連結し、ビルの内部に広大な店舗街が出現している例が多い。ビルの所有者は違うから、所有権や管理はどうなっているのか不思議だ。
 私たちが最後に宿泊したウィーンのホテルは表の通りから裏の通りまで繋がっていて1階が店舗街、2から4階がホテルになっていた。その間約300メートル。ホテルのロビーはその中間にあり、道路に面しては小さなサインがあるだけ。しかも公道がそのホテルを縦断しているのだ。日本では絶対にあり得ない土地利用に驚いた。
何度もヨーロッパを歩いてみると、単なる観光地巡りでは気がつかない日本との違いが見えてきて興味深い。日本での常識がヨーロッパでは特別ということが多い。


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