サインとデザインのムダ話

 
『この職業を舐めるなっ!』とオジさんは言いたい

渡辺太郎
クリエイティブディレクター
エモーショナル・スペース・デザイン代表
公益社団法人日本サインデザイン協会常任理事
渡辺太郎さん

 デザイン事務所を主宰している立場上、今までに多くの弊社アトリエに応募して来てくれる若いデザイナーや美術系大学の新卒のデザイナーの卵達に会う機会が多い。
 近年、とても気になる事の一つに、こちらが面接時に必ず尋ねる質問『あなたが憧れている(憧れてきた)デザイナーは?』という問いかけをすると、十中八九の応募者が急にそれまでの給与や手当の話をしていたときの模範生的な顔を曇らせ、返答に困惑する感じになる。いままでその質問の満足な答えを聞いた事が無い。よほど自分の能力に自信をもっているのか?デザインの勉強をしっかりしてこなかったのか?はたまた本当にそのような憧れるデザイナーという対象がいなかったのか?定かなところは掴めないのだが、応募にきたアトリエ代表の僕の名前を言ってもらえなくてもせめて、アナタが志したこの世界を作って来た偉大な先駆者の名前くらい挙げてもらいたいし、影響を受けた人物の名前すら出てこない事を疑問に思う。とっさの質問で返答に窮する初々しさ(?)ならいざ知れず、「憧れているデザイナーは特にいません」と断言するような強者もいる。そういう輩はまず不合格とする。
 先日世界的にも有名なアトリエ系のデザイナーとお酒をのんで話をしていた時に聞いた話だが、以前はオープンデスクやインターンを募集すると、我こそは!とバイト料がもらえなくても引きも切らずに多くの応募者が集まったのは過去の事。今では、どこそこの事務所ではこの程度のバイト料は出るからと直談判の交渉をしてきたり、時給が低いから残業は無理ですといってくる。もっとひどいのになるとそのアトリエのポリシーや作品(代表作)すら知らないで、その事務所のネームバリューだけで応募して来ている人すら居るという話を聞いた。いやはやビックリである。
 世の中の景気の低迷、3人に1人は低所得層という勝ち組/負け組の世界がはっきりしてきたねじまがった経済の現代、当然安定感のないクリエイティブ系の職業がもてはやされない時代だということを考えにいれても、いつからこんなに夢の無い世界なってしまったのだろうか?
 自分の若い頃の事を振り返ると・・・(このような発言をしたとたんオジさんといわれるのだが・・・)何も出来ないくせに、誰それのデザインは良いの、この作品は駄目だの、デザインへの関心や知識欲ばかり旺盛で能書きは垂れるが、一日も早く憧れのデザイナーのような仕事をしたくて連日徹夜していたころを思い出す。たまに早く帰れても(といっても終電近くだが)帰り道に朝までやっている六本木の青山ブックセンターに立寄り、本が買えなかったから貪るように新しいデザインの本の中に広がる作品を目に焼付け、時には影響を受け、いつかこのような作品を作りたいと悶々としていたものである。
 長く仕事をしてきて今やっと好きな本を買える立場になって、うちのアトリエは昔だったら喉から手が出るような貴重なデザインの本には事欠かないが、若い所員達はいっこうに見もしないし明日の未来を夢見て悶々ともしていない。
 オジさんはとても不満なのである!クリエイティブに関われる(デザイナーになれる)という事はその道に憧れて、三度の飯より好きで好きで猛烈に鍛錬してきた限られた人だけがなれるハイブローな職業だと、今でも信じて疑わない昭和生まれのオヤジだからである。
 思い出せば大学の頃、僕は多摩美のグラフィックデザイン科というところでサインやピクトグラムの権威である太田幸夫先生に多くの事を教わった。師事した太田先生はとにかく怖い先生で、授業中に私語でもしようものなら即退場!という真剣勝負のピリピリした空気の中で、実社会でデザイナーとして生きていくという実践の厳しさと、社会に影響を与えられるおおいなるデザインの可能性の魅力を学んだ。太田先生は教壇に立つ傍ら、多くのビッグプロジェクトのデザインの現場を同時進行で進めており彼はデザイナーとして、教育者としてプロフェッショナルだった。
 先日、ある講演会を依頼され、お会いした某美大の准教授は実社会でデザインの実務がまったくないと、デザイン学科の先生なのに学校一本ですと恥ずかし気もなく言った。セミナー後、聴講に来ていた学生達の作品発表会では学生と友達のように仲良く、その稚拙な作品を否定もせず、この子達の個性(?)を尊重したいと語っていたが、この先生が何をこの子達に伝えられるのか大きな疑問だけが残った。
 個性とは偉大な先人達の礎を学び、多くの学習と鍛錬を経て身に付いたものの上にやっと咲かせられるものではなかろうか?デザインの基礎知識や歴史を知らなくして、なにが、個性だ!クリエイティブか!と問いたい。熱くなって話が広がりすぎていったので、そろそろまとめてみよう。
 クリエイティブという仕事(デザイナーの仕事)を詰めていくと絶対に何か、誰かの影響を受ける。そして師事した先に、手の届かない素晴らしい人がいる事に気づく(師事したという事は憧れたという事でも構わない)。その憧れた人の作品や考えの理解から始まり、見よう見まねで模倣を重ね、いつかそれを自分の中の血や肉として蓄え、更なるオリジナルティに昇華させていく。クリエイティブというのはその造詣だけにあるのではなく、その偉大な先駆者がその時代に出した答えや解釈の基になっている精神に惚れ込んで、若いデザイナーは影響を受け育っていくのではあるまいか?
 「憧れているデザイナーは特にいません」だと、この職業を舐めるなっ!


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