点滅希

 
 山里の風景と情景 
    

 本格的な“山登り”から、今は本格的な“山里歩き”や“山村歩き”の方に視線を変えた。対象はもう先に道はないという秘境に近いエリアもあれば、街道から少し外れた山間の斜面にある小さな集落でもある。
 陽が差さない谷沿いの道を、ずっと登っていくこともある。朝露が昼過ぎまで残る道だ。人との遭遇はときに相手を驚かせ、何をしに?と問われたり、クマに要注意と脅されたりもする。
 山里の“風景”は素朴で美しい。緩やかな斜面に出ると多くは水田だが、木立の中の登り道には小さな空間を利用した畑があったりする。畑の中の一本の木に巣箱のようなものが据え付けられ、中に古いラジカセが入っているのを見たことがあった。農作業の友なのだなと思ったが、すぐにクマの存在も浮かんだ。
 途中、地元の人しか入らない深い森の中へと足を踏み入れたりもする。森は一気にすべてを呑み込み、その匂いと静寂の深まりはアタマを空っぽにする。
 山里の風景は美しいと書いたが、山里の“情景”はときに切なく迫ってくる。すでに住人を失った大きな民家が、生気のない佇まいと化し、夏の陽射しに晒されていたりする。雨戸が閉め切られた縁側に、かつて家族の姿があったことを想像する。
 そして、夏草の中に立ち、その情景にカメラを構えている自分に気付くのである………

(N.コト)

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