リポート

近くて遠い国、韓国
関東甲信越北陸支部 (株)シーエス・エイ 岩波智代子
 
 つい先日、久しぶりにソウルと地方都市大邸を訪れてみて、近くて遠い国、それは韓国だと痛感した。アメリカや、ヨーロッパにいってもこんな隔絶感を感じたことはない。それはなんのせいかというとあのハングル文字である。
 街中どこに行ってもハングル文字が溢れて、英語も日本語も見当たらないほどなのである。たまに空港や駅などの公共施設でサインに英語が使われているとほっとする。東欧諸国やラテンアメリカでもアルファベットならある程度の予測、想像ができるが、ハングルはてんでいけません。行ったことはないが、アラビア語の国もきっとそうなのだろう。
 ハングルの文字の構造を教えてもらって母音と子音の組み合わせで読み方を教わったのだがそれでもだめ、発音がわかっても単語そのものがわからないのだからどうしようもない。中国に行ったときは簡体文字とはいえ、なんとなく想像できたのに、である。台湾でも古い漢字と使えば現地の人と筆談で十分に意志の疎通ができた。
 ああそれなのに、成田からたった2時間で行ける韓国にいる私はまるで文盲同然なのである。それなのに不思議なことに韓国語を喋っている人達の会話はまるで日本語そのものの響きがある。それでも何を話しているのかが全くわからないのは、実に不思議な言葉だと感じた。
 ハングル文字は李氏朝鮮第四代の世宗(1397-1450)によって朝鮮固有の文字として創製されたが、当初は「モンゴル・西夏・女真・日本・チベットのみが文字を持つが、これらはみな夷狄(野蛮人・未開人)のすることであり、言うに足るものではない。漢字(中国文字)こそ唯一の文字であり、民族固有の文字など有り得ない」と言われ、保守派の反発を相当に受けたらしい。しかし世宗はこれらの反対を「これは文字ではないのである。つまり中国文化に対する反逆ではない、訓民正音、漢字の素養がないものに発音を教える記号に過ぎない」つまり表音文字だからと押し切り、1446年に訓民正音の名でハングルを広めた。20世紀の後半からは、ほとんどハングル文字の表記になり、漢字はほとんど見られなくなった。一説によるとハングル文字は「賢い者は朝の間に、愚かな者だとしても十日なら十分に学んで習うことができる」くらいに簡単だというが、私は相当な愚か者で数日いても全く慣れることができなかった。
 余談だが世界の言語をグループ分けした時、日本語も韓国語もウラル・アルタイ語族に分類される。この語族の特徴は膠着語といって単語と単語を膠でくっつけたようにして文章を構成する。日本語も韓国語もこの語族に入るために、音声だけを聞いていると似たような言葉に聞こえるらしい。それに外来語をその音声のまま使用するのも日本語と同様である。大韓航空に搭乗した時、韓国語に混じって「酸素マスク」とかいうアナウンスをきいたことがあるかもしれないが、マスクという表現は日本語と全く同音である。またご存知だと思うが、「ありがとう」という韓国語は「カムサハムニダ」というが、言葉の意味を詳しく解説すると前半部分のカムサは漢字の「感謝」のハングルで後半のハムニダは「〜します」という意味の言葉を丁寧な表現にしたものである。
 語族としては、そんな兄弟のような韓国と日本であるが、しかし最近は関係がとみに悪化しているという話を聞くが、それは日本にいて感じることで、韓国にいってみると親日の雰囲気に溢れていて、不快な思いは全くしないどころか私が感激するほどだった。ただ従軍慰安婦の問題とか難しいこともあるが率直な感想をいうと親日なのである。
 そのことを感じたのはこの度の旅行で、ソウルに長く住んでいる日本人から、地方都市大邸市の「大邸ハル」というブックカフェを紹介されたことに始まる。そこのオーナーは女性で、名古屋大学の文学部を卒業し、卒論は島崎藤村だというほどの人で期待に違わず完璧な日本語を話すのである。一緒に話をしていて外国の人という違和感をまったく感じなかった。そのブックカフェは大邸の街の繁華街の一角にあり、一般教養書、専門書を問わず日本語の本が溢れてその本を読むために学生が集まっているというカフェであった。たまたまその日の夕方、釜山の国際交流基金ソウル日本文化センターから講師を招いて日本文化の話を聞くと言うイベントがあるというので、参加させてもらった。


   

 講師はたおやかな若い日本女性で、彼女のポイントを捉えた日本と韓国の比較文化論はわかりやすいテーマを取り上げてはいたが、かなりレベルの高いもので大変面白かった。講師の彼女も韓国語を自由に操り、講演は日本語と韓国語を混ぜながらの興味深いもので、日本語しか話せない私はいささか恥ずかしいような焦りを感じた。その日のイベントの参加者は20代から40代の韓国人で、非常に真面目に日本語を勉強し、日本文化を学ぼうという意欲的な情熱に溢れていることに、驚きを感じた。私達日本人も彼らを見習って若いうちから韓国文化を学んではいかがなものかと思う。きっといい隣人関係を育むことができるに違いない。
 ということで、韓国に対する先入観を捨て街に飛び出した。いまこの国では街にアートをつくるというコンセプトで街の景観づくりをしているようで通りのあちこちにユニークな作品が目についた。一つひとつを取材する暇はなかったので、詳しい説明は端折らせていただくが、目を引いたサインの写真を掲載してご案内することにする。
 それと面白かったのはかつて中国の孔子に始まった儒教が韓国ではずいぶん盛んですっかり定着している。その痕跡の一つを見つけた。それは駅に設置された喫煙コーナーである。日本でも喫煙コーナーはビルの外部、駅の隅っこに設置されているが、韓国のそれは男女が別々なのである。写真は大邸の高速鉄道の入り口付近に設置されたスモーキングゾーンであるがサインボードを挟んで右が男性、左が女性と分けられている。まさに男女七歳にして席を同じゅうせずの思想の表れであろうか、文化の違いを感じる光景であった。


   


 近くて遠い国と言われながらも、韓流ブームなどで最近とみに近くなってきているようだが、もっともっと知り合うことによって理解を深め不毛な諍いをなくすことができれば、この2つの国にささやかな平和を作ることができるのではと思ったことである。


Back

トップページへ



2019 Copyright (c) Japan Sign Association