老舗看板

 

あけぼの町の失われた老舗看板

  関東甲信越北陸支部 (株)東京システック 二村 悟

 
 山形県新庄市を訪れたら一度は訪ねておきたい場所があけぼの町である。消防団の方々が訓練を終えて飲み明かしたとか、かつてはコンパニオンを呼んで大騒ぎしたといった話が頻繁に聞かれる、新庄市や最上地方の歓楽街である。聞くところによると、戦後の別の場所に立ち上がった闇市を整理するため、田園地帯の一部の公有地にまとめたとも言われている。戦後の昭和レトロな佇まいは、新宿ゴールデン街などに例えられることも多い。
 筆者も、地元の写真家松田高明氏に連れられて何件か訪れたが、どこも個性豊かな店主で、暖かみのある場である。筆者は普段まず飲み屋に行くことはない。しかし、あけぼの町とすぐ近くにある味おんちという店だけは、つい話し込んでしまう。人々を寛容に受け止めてくれる、そんな雰囲気がある。
 そんなあけぼの町には、数年前まで入口部分のアーケードに看板が掲げられていた。一説には、アーケードは元々道路をまたいでいたとも言われるが、この点は調べてはいない。筆者が知った頃には、アリランの上にアーケードがあるような状態であった。看板が老朽化して危険だという話は聞いていたが、ある年に看板だけなくなっていた。レトロな佇まいの町には、レトロな佇まいの看板が欠かせない。ネオン街はネオン街であって、LED街ではないのと同じで、入口を彩るアーケードと看板は、体を表す名である。スケルトンになったアーケードというのも珍しいと言えば珍しい。なぜなら、役割のなくなった工作物は撤去されるのが普通である。アーケードが残されたのは、今後の看板の復帰に含みを持たせたというよりは、予算の都合だろう。看板がなくなったスケルトンのアーケードは、あけぼの町から太陽が顔をのぞかせているようにも見える。


 あけぼの、とは、明け仄、つまりわずかに明るくわずかに暗い、そんな様子を意味する。日の出に近い様で、一年で最も日射量が少ない新庄市や最上地方では、よく使われるモチーフでもある。代表的な例に、芦沢地区の消防小屋がある。見た目は日章旗と似ていても、成り立ちの背景は違う。ここが重要である。明け仄とは、意味を捉え直せば、明るい兆しがある、といえそうである。闇市を一カ所にまとめる方法は、他所でも見られる戦後の土地整理の一つの方法なのかもしれないが、暗い時代を乗り越えて、明るい未来に向かっていこうとする雪国の人々の前向きな意識を感じることができる


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