ネオン前線北上中

 
 腕自慢・ワザ自慢 140 
中国支部 (株)オオバクリエイティブ
常務取締役
 大庭 剛さん
――お仕事の内容を教えてください。
 看板や建築の内装等です。営業と現場管理、設計といったところをやっています。
――印象に残っているお仕事は?
 LED がはしりだった頃に、福岡のビジネスホテルで、ビルの屋上にLED を巡らして間接照明でビルを浮かび上がらせるという演出をさせてもらったんですが、その頃はそういうツールがなかった時代で、バラバラのパーツを買って組み合わせました。間接照明のLED もほとんどない頃で、あえて自分たちで作って。それが非常に高い評価をいただきましたし、思い出深い仕事です。
――面白い工夫ですね。けっこう冒険というか。
 ええ。看板屋がそういうことをやるっていう発想があまりなかった時代でもあって、あの仕事をきっかけに、頼まれれば何でもやるっていうスタンスに変わっていきました。
――失敗談はありますか?
 海外製品で失敗したことが。上海に図面を送って作った箱文字で、ぱっと見は問題ないんですが板の厚みが3倍くらいになってて、めちゃくちゃ重くて取付けが大変でした。費用は約5分の1と安かったですが。まあ10 年くらい前の話なので、
今は中国も技術が向上したとは思いますが。
――かなり安いだけに、悩ましいところですね。お休みの時はどうされていますか?
 ラグビーしかしていないですね。小学校のラグビースクールのコーチと、シニアリーグで現役でまだやっています。
――ラグビー!お声や話し方が豪快な感じがしましたが、その印象になんともピッタリです。
 
 う・ち・の・会・杜 180 
関東甲信越北陸支部 (株)昭和ネオン
取締役副社長
 高村祐次郎さん
 今年で100周年となる老舗の(株)昭和ネオン。創業は大正11年、高村忠治氏が東京の霊岸島(今の中央区新川)で「高村看板店」としてスタートしました。
「その5年後の昭和2年に『昭和ネオン工業所』と改称しました。ネオンを扱うのは当時でも早い方だったようです」
 現在の「(株)昭和ネオン」となったのは1989(平成元)年。3代目の高村五郎氏は日本サイン協会の前身である全日本ネオン協会の会長なども務められ、4代目で現社長(日サ協元会長)の高村徹氏と共に、業界の発展に尽力されています。
「当社の強みとしては、全都道府県で屋外広告業の登録をしていますので、サインにまつわることであれば全国どこでも対応できることです。CI(Corporate Identity)、VI(Visual Identity) 変更による看板の全国一斉切り替えといったことは得意分野です。また社内に一級建築士を置いており、企画から設計・施工・管理までを一貫して当社で行えます」
 現在主流のLEDでも、大型LED映像装置を設計から一貫して手がける"SHOWA VISION"として販売していて、定評があります。
「ネオン、LEDへと光源が変化してきた屋外広告ですが、その原点である木製看板を展示した『昭和ネオン高村看板ミュージアム』が本社の2階にあります(NEOS177号に詳細あり)。3代目がこつこつ集めてきた400点あまりの中から、約180点を見ることができます。当時の職人の技術の高さ、思い入れを多くの方に知っていただき、次世代に繋いでいきたいです」

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