World Sign バックナンバー 世界のサイン、遂に出版される
VOL.110  つかの間の幻覚
つかの間の幻覚

 黒海沿いのグルジアは旧ソ連に属した一小国で連邦の崩壊に伴い独立した。首都トビリシの古色を帯びた街並みを背景とした山頂に白亜のネオクラシック風建物が目に付いた。
 午後の観光で山に登った。そこにはテレビ塔と市民公園があった。朝方の散歩で目にした建物は街を一望する山際にあり、目下建築途中だった。建物の玄関口には足場に大きなパネルが掲げられていた。完成した館内では多くの正装した人々が集い、憩う姿がはっきりと写し出されている。
 あたかも未来を垣間見せているような不思議な光景に私の時間感覚は一瞬戸惑った。これは果たして現実の風景なのか。
 若いガイドの話を聞いて合点がいった。ここはソ連時代、地元名士の社交の場だったが、独立後親ソ派と嫌ソ派の二派が戦闘を構え、一派がこの山に立てこもった。建物はそのとき砲撃にさらされたのだった。「あのときは怖い思いをしました」とガイドは語った。自由を勝ち取った国にとって、その後の歩みも容易ではなかったのだ。
 いま、そのグルジアに再びソ連の戦火が襲っている。

 





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