VOL.19 九龍城の診療所サイン

 香港でも悪の巣窟として名がとどろいていた九籠城が今年姿を消した。内部は迷路のように複雑で、麻薬、売春などが公然と行われる無法地帯だった。観光客が中に入っても身の安全は保証の限りではありませんと言われたが、そうとなれば覗いて見たいのが人情。しかし、奇怪な軍艦のような外観だけでもなかなかの見物であった。1998年の九龍半島の租借権返還に向けて撤去計画が強行されたわけだが、香港名物が一つ消えたのはちょっと寂しい。
 この九籠城には面白いことに、診療所、医院のたぐいが密集して店開きしている一郭があった。香港のサイン密度は世界一だが、そのサインが全て診療所の表示というのも奇観だ。(しかし、考えてみれば、銀座の裏通りのサインが全て飲み屋のものであるのと同じことか。)
 近付いて見ると、建物とサイン、サインと植物が共生しているようで独特のムードをかもし出していた。混沌の美学とでもいおうか、ヨーロッバの統一された街並の美しさとは違った意味で東洋的な雑然の中に美の一端が宿っているように思われた。
 





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