VOL.36 ヨーロッパの広告塔 (プラハ編)

 「珠玉の」という表現がこれほどピッタリとあてはまる都市はほかにないだろう。プラハは街全体が歴史の語り部でもある流麗な建築物の集積である。日中は観光客の人波で埋まるが、早朝の街に旅行者の姿は見られない。閑散とした広場や通りを散策していると、自分一人がこの素晴らしい遺産を独占しているかのようで、まさに王侯の心持ち。日本なれば国宝か重文級の建造物がプラハ市民にとっては日常生活と仕事の場である。アールヌーボーの粋ともいわれる市民会館の玄関に立ち、三、三、五、五出勤の職員がなにくわぬげに中に消えていくのを見ていると、不思議な感慨をおばえた。
 プラハの広告塔は、装飾過多とも思える建築群に比して意外なほど簡素でそっけない。ソ連による圧政時代のものだろうか。しかし、見上げるばかりのスケールは流石である。通りがかりの、丸めた図面を抱えた女性は建設関連の会社へ出勤を急ぐ兼業主婦ででもあろうか、なんとなく生活臭をかいま見たように思った。この女性の家庭生活は満たされているだろうか。どんな家に住んでいるのだろうか。行き交う人々を見下ろす広告塔がいろんな人生物語を語ってくれそうな気がした。
 





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