ネオン前線北上中

 
 腕自慢・ワザ自慢 95 
東北支部 (株)太陽ネオン
木浪 徹さん
木浪 徹さん ――太陽ネオンの命名は
 「青森は北の国ですから、陽のあたる、明るいイメージからです。わたしが独立するときに即、名づけました。ネオンサインは夜、点灯するものですがね」
――電話からも、木浪社長の温かなお人柄が伝わります。ご自慢を聞かせていただけますか?
 「創業して30年になりますが、わたしの、自慢といいますか、心がけているのは、納めたネオンは@耐久力AデザインB飽きられないもの、この3点です。」
 「ネオンサインづくりの原点は、お客さまの商売繁栄の一翼を担うことですから、2年や3年で飽きられるようなデザイン処理ではいけないですね。ネオンはサイクルされていくもの、ワキ役、黒子とし役に立てるようにが、モットーです。5年経っても進化していけるような、丁寧な仕事が次につながります。丁寧で、納期も間に合わせて。これが基本ですね。」
――これからネオンサインの仕事をしようという後輩へ、一言伝えていただけますか。
 「そうですね。なんといったらいいかな…飾らないで、一生懸命かな。飾るって、どうなんだろう。ホームページには、いいことがいろいろ紹介されているのですが、飾るほどウソになるようなことが大体多いように思います。仕事はそうではいけない。そんなことかな。」
 
 う・ち・の・会・杜 115 
九州支部 (有)ダイワネオン電飾
吉住浩治さん

吉住浩治さん――先代社長の楠 曙生さんが65歳となったとき引退を表明され、会社を引き継ぐことになった吉住浩治さん。弟子入りして10数年を経た34歳の時でした。
 「当時、わたしは工場長でした。入社当時はバブル期で今とは仕事の量がちがいます。昼も夜もという忙しさでしたから。ひとつひとつ覚えることから一生懸命です」
――創業44年となるダイワネオン電飾で、11年前の平成13年から現職の吉住社長ですね。
 「従業員として10年余、経営者となって10年余です。うちの会社、というより、ネオン屋は皆さん一緒でしょうけれど、製作して取り付けて、同じような仕事ですよね。で、ウチでは、早くきれいに、を心がけています。日々努力。看板は、これが完成、はないですね。先へ先へ、といつも考えています」「仕事が入ってきたときに、同じようにはつくらない、と心がけています。従業員数は5人から3人となっていますが」
 「ウチは下請けの下請けです。お客さんからクレームがついたことは一度もないです」というダイワネオンさん。
 「今の時代は、仕事の受注高は安いですので、早くよい仕事内容にしないと。景気は苦しい状況ですが、これからの抱負はいままで培ったことを確実にしておくことですね。」
――安定した姿勢が頼もしい会社ですね。

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