特別リポート

 
甦る渋谷駅 ─あらたなる開発とサイン計画への挑戦─

  竹内 誠 公益社団法人 日本サインデザイン協会 副会長 (株)竹内デザイン 代表取締役社長

副都心線の開業
  渋谷駅は、JR3路線、東急2路線、東京メトロ3路線、京王1路線の合わせて9つの鉄道路線が結節するとともに、都内最大級のバスターミナルを合わせ持つ全国有数の交通拠点駅である。しかし、駅施設は大正時代から増改築が繰り返されており、耐震対策、バリアフリー対応、乗換利便性の向上などが望まれている。さらに、駅周辺の安全で快適な歩行者空間の確保、交通結節機能の強化、自動車交通の混雑や錯綜の改善、洪水や災害などの対策など、多くの課題を抱えてきていた。
  東京都と渋谷区は2007年3月より渋谷区周辺の都市基盤整備において、学識経験者、行政、鉄道事業者で構成する「渋谷駅街区基盤整備検討委員会」を設置して駅施設、駅前広場・道路、歩行者ネットワーク、駐車場、駐輪場、河川・下水道について検討を行ってきた。特に駅施設に関しては
駅施設の耐震性の向上
鉄道路線間の乗換利便性の向上
わかりやすく快適な駅空間の形成
が整備課題としてあげられ、新路線として開業した「副都心線渋谷駅」はそうした背景を持ちながら、建設事業化されて来た。
  副都心線は2008年6月14日に開業した東京メトロの新線であるが、新しい渋谷駅は建築に安藤忠雄氏を擁し、線路を含む地下5層に及ぶ巨大なコンクリートの中に、「地中船」と呼んでいる長さ80m、巾24mの長楕円球を駅空間として挿入したイメージを展開している。「地中船」は中央に設けた巨大な吹抜けで、ホームにあたる最下層とダイナミックに交差する。また隣接する新しいビル「ヒカリエ」と空間を連続させ立体的な駅空間が出現した。


渋谷地下駅のサイン計画
  田園都市線、半蔵門線を含む渋谷駅の地下エリアは2007年12月より東急電鉄に管理が移管され、これを機に新駅だけではなく既存駅側も含む一体的なサイン計画を行った。サインは既存の「駅旅客案内掲示基準」を踏襲することが前提としてあったが、地下駅に関する追加整備をする必要性と、駅全体として東京メトロやJR、京王電鉄とも連続した情報提供整備を考慮する必要があった。
  サイン計画目標として以下のような項目をあげている。
[サインゾーンの誘目化]
サインの情報が必要となる場所に設置するとともに、離れた場所からもサインの位置がわかるよう、コンコース壁面に「サインエリア」としてのゾーン化をはかり、動線の結節点においては、床から天井まで壁面を利用した大型壁面サインを展開する。
[簡潔な誘導]
乗り場や、出口への明快で一貫した誘導を連続して行う。
[オリエンテーションの確保]
改札口などの構内の当面目的とする施設の方向、駅全体の位置関係、周辺施設との関係性を改札の中外問わず、同様の立体地図を掲出する。
[バリアフリールートの誘導]
エレベーターの場所など移動円滑化された経路の明示を積極的におこなう。
[建築空間と呼応したサイン設置]
空間構成エレメントとしてのサインの設置方法やディテールを検討する。
  さらに、2008年の新駅開業の後、2013年の副都心線と東急東横線の相互直通運転にかけて各駅の駅ナンバリング化とともに路線のカラーシンボル化を行い、東急線内の誘導強化を行ってきた。


東横線相互直通運転
  渋谷駅の1日の平均乗車人員は149万8千人であり、そのうち東横線の平均乗車人員が21万2千人である。(2011年の統計、Wikipediaより)
  この21万人の流れが、2013年3月15日の終電から16日の始発までの数時間で一気に変わった。それまで地上駅であった東急東横線のホームは、見通しの悪い地下5階のホームに異動したため、その乗降客によって大混乱をきたした。
  駅関係者にはあらかじめ、この変化のある程度の予測はされていたようだが、基本的に5年前に開業した副都心線からの動線ルートは変わらないものであったため、ここまで混乱し、特に「サインに対する不満」が顕在化すること自体が想定されていなかったのではないか。
  筆者はサイン設計の担当者として、混乱の原因を以下のように分析している。
地下5階、地上3層に及ぶ増改築された駅構造の把握が困難。
鉄道会社どうしの建物が接していないため、出口、乗り換えルート情報が分断されている。
膨大な周辺商業情報と公共情報の混在。
相直後、駅出口(特に重要な乗り換え口)の度重なる位置の変更と改修工事。(今後も続く)
縦動線ルート(階段・エスカレーター・エレベーター)の増加により、ホーム上での滞留スペースの減少。
ラッシュ時は本数が多いため、前の降車客が捌けないうちに、次の列車が入ってくるという状況。それまでの乗り換え時間から大幅に時間を費やす状況がでてきた。
  さらに、東横線相互直通運転までに、誘導動線の変化や、商業施設や改札口の誘導情報の増加要望があったにもかかわらず、サイン計画をとりまとめる部署からは内照式サインが5年前の計画から増やすことができないという事情があった。さらに増加傾向にある表示内容も既存器具板面の中でしか改修できないという状況であった。3月の切り替え時から3カ月たった今、すでにおびただしい数の仮設サインが席巻している。

渋谷開発と公共サイン
  2013年6月17日に東急電鉄他よりリリースされた、「渋谷駅周辺地区における都市計画の決定について」によると、地上46階230mの東棟タワー(2020年竣工)のほか、地上10階61mの中央棟、地上13階建て高さ76mの西棟が2027年までかけて出来上がる予定である。さらに、周辺開発や、道路、バスターミナルなどの整備もおこなわれ、14年後の渋谷の様子は、今からでは想像しがたい。
しかし、これらのビルが段階的に出来上がることで、サインの観点から想像すると、夢のような街ができあがるという期待よりもむしろ、「どのように大量の人々をスムーズにわかりやすい案内をするのであろうか」という疑問が湧くのである。
  かつて、43年前にあった大阪万博で現在のサインシステムの原点が出来上がり、それは人々を情報拠点から目的地に向けてスムーズに案内するという計画性を持った「画期的なもの」であったが、総入場者数6,421万人、ピーク日60万人の混雑の中で、数百人の迷子(大人を含む)が出るなど、サインの機能的役割は惨憺たるものであった。すでに約150万人の人々が集まる、それも万博よりもはるかに狭いエリアで、バーチカルに複層化する都市が必要とする情報機能は、これまでに培って来たサインのセオリーを越えた新たな情報システムを構築しなければならないと感じる。1981年に完成した「営団地下鉄旅客案内掲示基準」、いわゆる鉄道の本格的なサインマニュアルは、大手町駅をモデルとしてその成果が評価された。大手町の乗車人員数は東京メトロ、都営を合わせて約17万5千人(2011年Wikipediaより)である。渋谷駅においては、既存の交通サインのシステムは終焉を迎え、新たなるサインにむけた舵取りをはじめなければならないと感じるのである。


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