その1
夕暮れどき、遠慮したようにまたたきだした銀座のネオンのなかを女は歩いた。
ついこの間、男にぴたりと寄り添って歩いた道をなぞるようにして歩いた。
東日本大震災から半年以上が経ち、ひところより活気を取り戻した銀座の表通りは、女が憶えている「銀座の柳」の面影などどこにもなく、世界に名を馳せる高級店ばかりが並び立ってはいるが、節電のせいもあって蒼ざめている。
それでも若い人たち、もうあまり若くない人たちの群れがそれぞれの賑わいで、ゆったりと、けれどどこかせわしなく行き交っている。女は、『FARO(灯台)』というレストランのあるビルの前を通りかかり、ちょっと足を止めて、「灯台」から濡れる明かりを、見あげた。
灯台の明かりを頼りに、女の航海がはじまるのだ。
その2
プラハから亡命してきた青年の、シャタン色の髪がセーヌの川風にそよぎ、寒さに凍えた手が笙子の頬を挟んで、冷たい唇が、わずかな熱を帯びて頬をかすめていった。パリでいちばん美しいといわれるアレクサンドル三世橋に夜がはじまり、煌めきだした無数のネオンの光りを受けて、青年のほっそりしたシルエットがくっきりと浮かんだり、影のなかに溶けたりしながら、笙子の視界から消えていった。それが現実のことだったのか、自分の創作であったのか忘れるほどの歳月が、その時から経っていた。
「夕陽を浴びて、あかね色に流れていたヴルタヴァ川は、今もあのままなのでしょうね」
相手に聞かせるというよりモノローグのように呟いた笙子の言葉に、男は驚いたように反応した。
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