100年近く続いてきた(有)白馬看板工芸社は先代からのお客様も多く、信用を物語ります。
同社の前身は先々代の石坂健一氏が起こした白馬看板。それを繋いで50年程前に先代の石坂昭雄氏が独立して社名に“工芸”を付け現在に至ります。白馬という社名は先々代が東京で修業時代の社名にちなんで付けられたそうです。白馬看板は伯父さんが跡を継ぎ現在も現存しています。
先代のお父さんが13年前に亡くなり、跡を継いだのが当時40歳だった現社長の石坂淳さんです。
「高校卒業して、はっきりと継ぐと思っていた訳でもないのですが」大阪の看板屋を職安で探して、入社。その会社は駅構内の看板が多く製作を主に5年修業を積み、故郷に帰りお父さんの下で、手描きの看板からネオンサインまでを製作、施工から取り付けまですべての行程をこなします。
昨今、手描き看板はカッティングシートやインクジェットになりデジタル化が進みました。「昔と比べると製作時間は1/3ですね。手描きだと朝から寝るまで仕事してやっと仕上がったものです」。
社員2名、パート1名と力を合わせて「仕事はとにかく面倒くさがらないのがモットー」。
「看板を見る人が100人いたら9割は素人、1割がプロの目で見る。それを意識して仕事をするという先代の言葉が会社の志でしょうか」と電話口で穏やかに話される石坂社長でした。
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