ネオンストーリー

 
『淳之介さんのこと』
宮城まり子 文春文庫


古本屋
  ヒットが出ないころ、私は渋谷から井の頭線に乗り換え、東松原という住宅地に一人で間借りしていた。お金のない日は、渋谷から築地のビクターレコード会社まで歩いた。渋谷駅の近くの下り坂にかかるとほっとする。坂道は後ろから追い立てられるようになるから。右側に郵便局がある。ビルの灯りが、もうそのころになると、いっぱいに輝いて来る。空腹を通り越してしまって、赤い電気の中に自分が吸い込まれてしまうように思ったり、紫のネオンが急に私の足を急がせて、中華料理店に連れ込んでしまいそうになる。チャーシュウメンが食べたかった。食べるお金はないけれど。

  中略

「…日劇のまん前に、赤玉ポートワインのネオンサインがあったの。ポツって赤いのが一つでて、次、パパパと五つほど出て、次にいっせいにダーッと赤い玉で全部出て、さっと消えるの。そして、次にまたパッと一つついて、よく目立つの。だから、そのさっと消えたあとのほんの少しの間に目を開けて、方角をみさだめて、後は下をみて夢中で楽屋にかけ込んだの。全部女の子とか、全部同じ色とか、同じボタンがずらっとか、私はだめ」
「アハハハ」
淳之介さんが笑った。

 
 

Back

トップページへ



2014 Copyright (c) All Japan Neon-Sign Association