「最後の晩餐」についてはよく耳にするが、その時聴きたい音楽についてはあまり話題に出てこない。
日本の作曲家で私がもっとも敬愛する武満徹は死の間際にバッハの「マタイ受難曲」を聴きたいと所望したそうだ。さもありなん。至高の音楽としてこの曲を挙げる人は多い。
私が人生の最後に聴きたいと願う曲もバッハ以外に考えられない。
私が選ぶ曲は器楽曲だ。チェンバロやヴァイオリン、チェロなどの独奏曲。中でも無伴奏ヴァイオリンのソナタとパルティータは聴くたびに、これが本当に人の頭によって紡ぎだされた音楽なのだろうかと疑う。そう、神の啓示によってという思いがぬぐいきれない。大自然のように人知を超越して、深山にわき出た清水が変幻自在に表情を変えながら流れるように、幽玄にして荘厳。
悩みの多かった人生の若い時期にこの曲たちに巡り合い、精神の伴侶とすることができたことは幸いだった。
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