サイン屋稼業奮戦記

 Vol.131
激動と充実の四半世紀
    関西支部 斗南電装(株) 杉田和士

杉田和士さん  私は、この仕事についてから約30年たちます。まず生い立ちから書かせていただきます。
 1969年生まれの満48歳でございます。小中高と一般的に学んでまいりました。ちょっと違うのが、高校の時のアルバイト先が斗南電装でありまして、私の父が営んでいました。
 夏休みと冬休みだけ、アルバイトをしていましたがその内容が看板職人の仕事でした。看板製作もしネオン工事もし、足場工事等すべての業種をこなしていました。当時バブルの全盛期でもあり、残業時間も半端ではありません。今では考えられないくらいの時間です。
 この時代に、ネオン屋さんをしていた方なら普通に感じますが、なんと言っても高校生ですから普通ではありませんでした。「もう給料いらんから、休ませてくれ」と言っても無駄でした。休ませてくれるわけがありません。
 そんな過酷な高校時代の休みをすごしながら、専門学校に進学しました。それも看板とは全く関係の無いビジネス専門学校です。目標は、そこで旅行主任者の資格を取得し、旅行会社に就職しようと思っていたのです。
 結局は、勉強もあまりせず、資格も取れず(かなり難関資格だったことに入学してから気付く)、就職活動もあまり出来ず。の出来ず三昧でした。自分の意思が弱いだけなのですが。そんな事をしていて、就職できるわけがありません。ただ一箇所だけ内定をもらえたのです。ボタンやチャックを売る商社でした。なぜ受けたかは覚えていません。でも結局その会社一社しか内定がもらえず。一度考えてみました。やっぱり商社でものを売るより、ものづくりをしたほうが自分には合っているではないか。
 そう考えるとやっぱり看板屋なのかな?と考え、父親に頭を下げて会社に入れてくださいとお願いをしました。そして晴れて正社員として斗南電装に入ることになりました。
 高校の時に、大体の内容は把握していたので最初はそんなに抵抗はありませんでした。
 バブルの後期のことなので仕事もかなり忙しく、高校のときの悪夢がよみがえってきました。そうこうしているうちに一人でも現場に行けるぐらいになっていました。私が21歳の時でした。 
 平成3年に、狭い工場から広い工場に移り会社も法人になりました。法人になって3カ月がたったころ、人生最大の悪夢が起こったのです。父親が事故で亡くなったことです。
 昨日の夜一緒に飲みに行ってたのに。次の日の昼にはもう亡くなっていました。突然すぎて涙も出ませんでした。でも悲しいという気持ちの前に、会社をどうするのかが先に頭に浮かんできました。
 私も21歳という若さなので、潰すしかないと思っていましたが、当時の社員の方が(今も勤めています)、「やっていけるよ、一緒にやろうや」といってくれて、手探り状態で継続していくことになりました。なぜか私が社長としてです。
 経営のけの字も解らない。見積もりも出来ない中で必死でがんばりました。でも基礎が解っていないので、手探り状態です。挨拶に廻っても「お前でやっていけるんか」「お前の会社には今後仕事は出せない」とかしばらくは厳しいお言葉の連打でした。
 とりあえず、ひたすら実績を作っていくことが一番だと思い、どんな仕事でもチャレンジしていきました。そして4、5年たったころに、仕事を切られたところから「がんばってる噂を聞いたよ。またウチの仕事もやってくれるか」と連絡があり、その時は小さくガッツポーズをしたのを覚えています。それから徐々に新規のお客さんも増え順調にやってこれました。
 でもいい時ばかりではありません。結構暇になった時期に、お金は無いけど銀行が貸してくれるんならレーザーでも入れてみようかな?と思い、一か八かレーザーを導入しました。それからが仕事の幅が大きく広がり、更に色々なものにチャレンジできるようになりました。そして他設備の拡充、関東拠点の設立と順調に成長させていただいてます。
 関東進出に関しては、元々関東のお客様と取り引きをさせていただいてたところが多かったので、比較的スムーズに進出できました。まだまだこれからというところですが。
 最後急ピッチで書かせていただいたのですが、この30年やらせていただいて気づいたところは、技術や設備、会社の規模も大切ですが、仕事とは人と人とのつながりで成り立っているのだな、そこを無視しては仕事も無いのだな。と思いました。そして時代に沿った動き方、LED、デジタルサイネージ、LEDビジョンなど、今後更に進化をしていきそうな分野は、目をそむけてはいけないな。と思い、日々勉強をしていかないと取り残される感じがします。
 その為にも、人脈作りが大切だと思いました。今後それが私にとっての宝物になります。
 日本サイン協会に入会してからまだ日は浅いですが、いろんな行事に時間が許される限り参加をさせていただき、いろんな情報交換をさせていただければと思います。



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