サイン屋稼業奮戦記

 Vol.139
イベントと私
    中国支部 (株)中村工社 小谷 保

小谷  保さん  私は1961年に広島市に生まれた。戦後の復興が終わり、高度成長期ド真ん中、遊んでばかりのワンパクな少年時代だった。
 中学生だった75年、広島東洋カープがリーグ初優勝を果たし、町中が賑わったことを覚えている。このカープ優勝パレードをきっかけに77年に始まったのが、ひろしまフラワーフェスティバルである。東西全長2kmの平和大通りに、毎年ゴールデンウィークに140万人が訪れる広島最大のお祭りである。このお祭りの見所は、様々な団体や企業が出展するパレード車(花車)である。子供心に、この「花車」のスケール、華やかさに魅了されたことを覚えている。
 1982年地元の工業大学を卒業し、建設会社に就職。福島第二原子力発電所プラント建設に携わった。しかし、スケールの見えない仕事内容になかなか馴染めず半年で会社を退職してしまう。失意の中、知り合いが紹介してくれた地元広島の会社、中村工社に入社する。当初、会社の業務が看板、内装ということは聞いていたが、特に「やりたいこと」があったわけではなかった。ただ、「ものづくり」に関心があったので、いろんな技術を身につけることが、徐々に楽しくなっていった。そして1年後、思いがけない仕事に就く。ひろしまフラワーフェスティバルの「花車」製作である。メーカー、電力、ガスなどの企業や、広島県や市などの行政機関など、様々な団体が出展。10トンの大型トラックに、木工パネルで側面、キャビンを覆い、生花で装飾するものが多かったが、年々企業や広告代理店からのリクエストも斬新で複雑なものになり、そのたびに頭を悩ませたが、考えて、創り上げることが何よりも「やりがい」を感じた。
 パレードコースは、幅は広いものの、途中に路面電車の線路があり、高さ制限がある。しかも「花車」の上には人が乗ることもあるので、安全面もしっかり考慮しなければならない。ご依頼いただいた企業、広告代理店や、現場の職人とも議論して、なかなか苦しい時もあったがみんな「いいものを創りたい」という想いに向けて一つになった。だから完成した「花車」が、沿道をパレードする30分は、短いけど至福の時間であった。ピーク時は11台を任されることもあったが、バブル崩壊による不景気と、パレードの車両規制が厳しくなったことも手伝って、「花車」の数は徐々に減っていった。現在は「花車」はなくなったが、お祭りの会場設営などで、毎年ゴールデンウィークは出勤である。しかし、少年時代に魅了された「花車」を、自分自身で創り、沿道の人々から拍手をいただける仕事に巡り会えたことは幸せである。余談ではあるが、「花車」にはコンテストがあり、華やかさやテーマなどで主催者が評価をするものであるが、実は我々造作業者の中で「裏コンテスト」があり、その技術やチャレンジを評価して、表彰式と題した「飲み会」が夜な夜な行われた。他にも大小関わらず多くのイベント造作の仕事を預かった。アジア競技大会、ワールドカップマラソンなど国際的なイベント、国民体育大会(ひろしま国体)、全国身体障害者スポーツ大会(おりづる国体)、しまなみ海道完成記念イベント、国民文化祭ひろしま2000など、国民行事、文化的催事などにも携わってきた。造作技術だけでなく、道交法、警備、いろいろなスポーツ競技のこと、皇室訪問に関することなどいろいろなことを学ばせていただいた。
 ここ数年で増えてきているのは、「お別れ会(社葬)」である。企業のトップが逝去され、それを悼む行事は葬祭業者やホテルなどが請け負っていたが、追悼行事は、一方で企業の未来に向けた最大のプレゼンテーションの場でもあるため、広告代理店に依頼する風潮が増え始めた。求められているのは「涙」ではなく、亡くなった方の功績をたたえつつも、未来へのスタートを切る大事な会にすること。参加された皆さんの心に残るイベントにするという点では、フラワーフェスティバルにも通じるところもある。最近最も印象に残った仕事は、少年時代に心躍らせた、元広島東洋カープ鉄人衣笠祥雄さんのお別れの会であった。自分自身も、衣笠さんへ感謝しながらお仕事をさせていただいた。
 私が携わるイベントというお仕事は終わったら跡形もなく片付ける。街頭看板や建築と違って残らない。若い頃は、自分がやった成果が形として残っていないことに寂しさを感じることもあった。でも、人々の心に刻まれる仕事として、これからもイベントのお仕事に向き合っていこうと思う。
 来年、東京で2020年に世界最大のスポーツの祭典が開催される。私自身もできればこのビッグイベントに携わりたいと思っている。そして、これからの若い世代に対して、このサイン屋稼業の魅力を伝えて、育てて行きたい。



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