昨年の3月のとある日、事務所に一人の外人が突然訪ねてきました。彼の名前はKodyさん、ブルックリンから来たとの事。話を聞くと、ニューヨークでネオンの仕事に携わってるとか。大阪でネオンショップを探して来ました、と。
思いがけずの来訪者に、今のアメリカでのネオンサインの現状を尋ねたところ興味深い話が聞けた。彼が言うには、アメリカはまだ多くのネオンが作られている、また、ネオン管の曲げ職人はBenderとして地位が確立されており、人の流通もなされてる、との事。例えば、「シカゴですがBender募集します」とか「マンハッタンでBender募集してます」とか…。ホンマに?という思いと、日本のネオンと全く違うアメリカのネオン文化を見てみたいという思いにかられ、また彼の誘いもあり7月にニューヨークへ行くことにしました。
今はとても便利ですね。旅行の準備がデスクにあるパソコンで全てできます。チケットの手配や宿泊予約…。大阪を出て13時間の旅、ケツが平らになりました。驚くのは中国人の若者が多いこと。彼らはアグレッシブだと思いました。
JFK空港に到着。空港から宿まではタクシーみたいなUberを予約。ガイドブックには“空港でのタクシーの強引な客引きに注意”とありましたので、ビビリながら一歩屋外へ出ると、いてるいてる大男が!怖っ!すぐに声をかけてくる。怖っ!それを振り払いながら無事Uberを見つけると一路憧れのマンハッタンへ。Uberは便利ですよ。キャッシュレスですし、運転手さんに行き先を告げなくてもいいし、スマホで行き先を登録すればそれでOK!一言も話すことなく目的地に到着。“Thank you!"とだけ言ってチップも無く余計なこと考えずにすみました。
到着したのが夜でしたので、グロッサリーでビールと食べ物を買い込んで宿泊先の民泊に。おなかが落ち着くと気を失うように泥寝…。
海外での1日目の、特に朝の感動は何度味わっても良いものです。朝起きる→外見る→「あ、夢ではない。現実なんだ。」この感動は心躍ります。
さて、早速今回アテンド頂くKodyさんと連絡を取り合い、マンハッタンから30分ほどの彼の勤める“PRECISION NEON”を訪問させていただきました。まず、たたずまいが素晴らしい。赤レンガの建物、泥棒返しの鉄扉に取付けたネオン管が出迎える。エントランス沿いにもネオンが。
ここではネオン管の加工、販売、スクールをされてます。いわゆるネオンショップです。来訪者が多いみたいで、慣れた感じで丁寧に社内を案内していただきました。管を曲げられてるところ、排気されてるところ、エージングされてるところを見せていただきました。大まかには同じなのですが、小さなことで沢山の違いを発見でき勉強になりました。社長の”David”さんに感謝です。
その後、「ネオンツアーに出かけましょう」という事で、数軒のネオンショップに案内していただきました。Patric Nash design office、Let there be neon、Manhattan neon sign などへ。
特に感心したのは Let there be neon でした。完全にショップで、お客さんを迎える体勢の“お店”でした。目抜き通にあるレンガ造りの建物。高い天井に店内には沢山のネオンサイン。照度もちょうど良い感じ。「ネオン管ってこんなにキレイなんだぁ」と買う気にさせる素晴らしいショップです。一般には見られないその奥に通していただくと、そこには工場があります。職人さんも大勢いました。みんな談笑しながら作業をするアメリカンな一面も良かったです。日頃、孤独に製作してる自身と比較して少し羨ましく思えました。文化の違いですね。
ネオンツアーも終わり夜はネオン見学ツアー?みたいな感じで飲みに繰り出しました。いろいろ街はあるのでしょうが、お誘い頂いたのはワシントンスクエア周辺エリア。グリニッジヴィレッジとも言われるそのエリアは、その後私の大好きなJAZZクラブがあり、夜な夜な通うことになりました。
この周辺のネオンもとても趣があり、日が暮れてくるに伴いなんともいい雰囲気になってくるんです。真夏なのですが、暑くなく湿度も高くなく、何より「蚊」がいません。なので、オープンカフェがとても多い。オープンカフェ、人々の談笑する声、どこからか流れてくるJazz music、そしてネオンサイン。良い!良い!良い!サイコー!文化は違うんだろうけど、ネオンサインのまちづくりに対する貢献度は非常に大きいと、今更ながらに思いました。
その後1週間はマンハッタンに滞在し、5日間はシカゴへ行き、再度マンハッタンに戻り、帰国しました。
ネオンの状況はアメリカも同じくで、外部のサインはおおむねLEDになってます。しかし、内部のサインはネオンが非常に多く使われています。低圧とかはありませんが、トランスに保護回路が付属されてると聞きました。
Kodyさんが言ってたBenderの流通、まだ沢山の需要があるのは本当だったことが分かったとともに、これからの自身の仕事の方向性も再確認できました。その後、Kodyさんは日本へ来て私の事務所でアルバイトしてます(笑)。
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