人の心を動かすデザイナーを目指して |
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私の父は仕事柄出張が多く、幼い頃はよく大阪国際空港(伊丹空港)に家族で迎えに行くことが多かった。空港界隈にはネオン煌く巨大看板群があり、子供ながらにその輝きに心が踊らされていたようで、いつも空港に行くのが楽しみだった。あれから数十年が経ち、その看板群を手掛けていた会社に勤めているわけだから、人生分からないものだ。 子どもの頃は地元のラグビースクールに通い、楕円球を追いかけていた。一流とは無縁ではあったが、ラグビーとは縁があったようで、ラグビー用品の専業メーカーに企画営業職として働くことになった。業界では老舗といわれているメーカーであった。ここではじめて仕事を通してデザインというものに関わったのである。 誰もが知る大手総合スポーツメーカーの数々と競合していた。彼らが機能性、デザイン性に優れた製品を次々に世に送り出す影で、自社の製品カタログを見せても、「申し訳ないが買うものがない」と言われる始末であった。 しかし、私はとてもお客様に恵まれた。何故製品に魅力が無いのか、どういったものを求めているのかを、時に親身になりアドバイスをいただける方が多かったのである。だから私も必死になってその言葉のひとつ一つを頭に刻んだ。その方々が人間としても私を成長させてくれた。カタログ製品が駄目なら、求めるニーズに応じたデザインを考え、オーダメイドとして作り上げお客様に貢献したい、期待以上のものを提供したいというその一心で、美術などに関心があったわけでも無く、周囲にデザイナーなどいなかった私は、何もわからないまま自分でグラフィックソフトを購入し、無我夢中でデザインを考案し、営業活動を始めた。勿論、何の知識や技術も経験もなく、なによりセンスがない訳だから、最初は散々なもので、最初に作ったユニフォームのデザインは「お前は全くセンスがない」と。それから私のデザインに関わる人生は始まったのである。 ただ、デザインを考案することは不思議と夢中になれたし、続けることができた。お客様は本気であり、叱咤激励をしてくれる。期待に応えられない私に真剣に向き合ってくれる。何より、デザインしたものに対してお客様は私よりも遥かにそれを強く愛し大切にしてくれるのだ。その想いはデザインを通じてのコミュニケーションのなかで感じることができた。デザインというものが楽しいと思えたのである。だからお客様を想い、ニーズを徹底的に理解し、納得するまで果敢に挑む。どんな小さなことでも妥協してはいけない。この経験で得たことが私のデザイナーとしての原点であり、精神である。 私が入社した頃は、丁度リーマンショックによる景気後退もあり、業界も元気のない時期であった。それからプロジェクションマッピング、タッチパネル・アプリケーション、高画質テレビも普及し、生活スタイルが激変してきた。サインも見せ方や機能性などあらゆる視点からの工夫と、看板が持つ独自の良さを上手く融合させることが求められるようになった。 お客様からの要望はサインデザインに留まらず、空間装飾やイルミネーション装飾など多岐にわたり、様々なプランニングを考案させていただく機会をいただいた。街のランドマークを目指す巨大看板製作のプロジェクトにも参加させていただいた。キャラクターをモチーフにしたその巨大看板は広告物の域を遥かに超え、その街に生き、その街の人々とどのように共生していくのかを考える、まるで生き物を扱うようであった。その看板を見る度に、関係する全ての人が途方に暮れた日々の記憶が鮮明に蘇る。大変貴重な経験をさせていただいた。 サインは街の印象を変えるほどの影響力がある。他の広告媒体にはない独自の訴求力がある。芸術的であり、機能的でもあり、広告物の枠を超えてランドマークや街の象徴ともなる。360°見る角度によって表情も変化する。時代背景や流行にも影響される。その表現の可能性は無限大であり大胆な存在であるが故に、細かな工夫を凝らして差別化を図る。サインに関わる者として、その魅力を理解し可能性を追究しなければならない。愛情を持って接しなければならない。そんな姿勢で無ければ、相手の心を動かすようなデザインはできない。デザイナーの役割はその特性を活かし、お客様の課題をクリエイティブの力で解決するものと私は考える。サインやデジタルサイネージをどのように活用することが、お客様のメリットに繋がるかをプランニングすることが使命である。 デザインプランニングで人の心を動かすことは難しいことである。相当の熱量と豊富な芸術的知識、高い技術が必要だ。それを多種多様なニーズに対して適正な施策を考案する。我々の持つサインに携わる貴重な経験談も伝え、ストーリーテリングの効果で理解と共感を勝ち取ることも大切である。お客様の創造力を沸かせること、新たな価値を見出してもらうキッカケをつくることがデザイナーの使命だ。良し悪しの判断は全てお客様に権利がある。そして、言われたことだけやっていては、その先の道は切り開けない。殻の中でその時代の流行を真似ているだけでは、それ以上活動範囲を広げることはできないだろう。 当社は2020年創業70周年を迎える。私は記念誌出版のディレクション担当を拝命し、沢山の資料に埋もれながら毎日を過ごしている。諸先輩方々が手掛けられてきたサインは、実に斬新だ。とても個性的で、大胆で、謎めいていて、エンターテインメント性に溢れている。広告に留まらないこれこそが本当のサインのあるべき姿ではないだろうか?街の印象を変えるほどの存在感があり、心を豊かにしてくれる。サインにはそんな力がある。 これからどんなことを発信できるのか、自分で自分を見つめ続けていきたい。そして研磨と追究を続けていきたい。とても大きなことはできないが、私がデザインで幸せになれたようにデザインで一人でも多くの人を幸せにしたい。 |