アンディ・ウォーホルの屋外広告 |
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昨年、ニューヨークの下町で見かけたアンディ・ウォーホルのバーガーキングの屋外広告に不意打ちを食らった。名だたる企業の広告はタイムズスクエアにあるものと思っていたこともあるが、ウォーホルとバーガーキング、そして静寂感ただようファーストフードの広告、何もが意表をついた。しばらくの間、眺めて考えていたが、とにかくニューヨークらしい良いデザインだと納得し切り上げた。翌日、美術館のウォーホルの回顧展に行くと、有名なシルクスクリーンの作品とは別に、廊下の壁に映し出されたフィルムの中でウォーホルがハンバーガーを食べていた。ウォーホルの屋外広告は、このフィルムの一コマだった。 フィルムは、ウォーホルの作品ではなく、1982年に作られた66 Scenes from America※1というアメリカを象徴する66の場面で構成されたドキュメンタリー映画で、ポップアートの旗手であるウォーホルとファーストフードはアメリカの代表格として出演している。
調べるとこのウォーホルの広告は、実は2019年のスーパーボールのCM用に制作されたものだった。スーパーボールは、テレビの視聴率は40%(約1億人視聴)を超える全米一の祭典である。CMの放映料は30秒で約6億円と言われるが、早々にCM枠は売り切れ、有名俳優を起用したハリウッド映画のようなものや、社会性を訴えた時代を反映したものなど、企業はアイデアを駆使し見応えのあるCMを制作する。 バーガーキングのCMは、ウォーホルが黙々と(どちらかというと不味そうに)ハンバーガーを食べるだけの、4分半のオリジナルフィルムを45秒に抜粋しただけで、内容に手を加えていない。音らしい音はなく、食べ終わると沈黙のまま、しばらくして「私は、アンディ・ウォーホル。今、ハンバーガーを食べ終わりました。」とウォーホルの声が流れるだけ。最後に「#EATLIKEANDY」の文字とバーガーキングのロゴマークが出るだけの、ほぼ沈黙のCMだ。 スーパーボールに興奮した視聴者は、いわゆるスーパーボールにふさわしい派手なCMの中で、この沈黙に唖然としたようで、何のCMかわからなかった、退屈でつまらない、お祭り騒ぎの典型的なCMの中で際立っていたなど賛否両論。どちらにせよ広告としては話題になることで成功したと言える。最後のハッシュタグ#EATLIKEANDY(アンディのように食べろ)については、SNSの拡散効果を狙ったバズマーケティングとわかるが、これには仕掛けがされており、スーパーボールの10日前から不可解なCMを流し、「ミステリーボックス」キャンペーンが実施された。デリバリーサービスのアプリで10ドル以上注文し、「MYSTERYBOX」と入力するとミステリーボックスがもらえる。謎が謎を呼び、スーパーボール前にSNSで2,000件を超える言及があり、用意された6,000箱のミステリーボックスは2日で無くなった。このミステリーボックスには、銀髪のカツラとケチャップボトル、ビンテージの紙袋、そして「スーパーボールまで保持するように」と謎めいた説明が入ったものだった。(勿論、当日までウォーホルのCMは流れてない。)そして、スーパーボールの後、カツラをかぶりウォーホルのようにバーガーキングを食べる画像がSNSに投稿された。※2 ミステリーボックスのオチが、いかにもアメリカらしいユニークな企画で好感が持てる。ミステリーボックスの説明書には、「今は意味をなさないかもしれませんが、ビッグゲームに参加するために必要なのはこれだけです。(中略)ビッグゲームの間、クールなバーガーキングの広告が表示され(少なくとも...私たちはクールだと思う)...(以下、省略)」ともあった。これから察するに、企画者は沈黙のウォーホルのCMが万人にウケないことは想定内だ。また、アメリカらしくない控えめな言葉に、顧客をがっかりさせない細かい配慮を感じたが、ミステリー感を強調させる狙いかもしれない。 CMは生活や文化を理解していないとわからないことが多いが、この屋外広告は、ひと画面でフィルム4分半の全てを伝えていることに驚く。ウォーホルだからのパワーであろうが、この沈黙のパワーが伝える屋外広告に学ぶことは多い。ロゴの配置や空白の取り方など絶妙なレイアウトである。そして、1つの屋外広告が街を印象づけ、旅の思い出にもなることを考えさせられた。 余談であるが、ウォーホルは映画の撮影の際に用意されたいくつかのハンバーガーを前に、マクドナルドはないのかと聞いたらしい。ウォーホルは、マクドナルドのファンで、著書The Philosophy of Andy Warhol(1975年)で「東京で最も美しいのは、マクドナルドです。」「ストックホルムで最も美しいのはマクドナルドです。フィレンツェで最も美しいのはマクドナルドです。北京とモスクワにはまだ美しいものはありません。」と述べている。マクドナルドのハンバーガーだったら、もう少し美味しそうに食べたのかもしれないが、どちらにせよ、キャンベルスープやコカコーラなどのアメリカの日常品をアートに変えたウォーホルが、没後30年以上たった今、(現在では北京にもモスクワにもマクドナルドはある時代に)、自らがそのアイコンとしてニューヨークの街に掲げられることを歓迎するだろう。 |