ネオン前線北上中

 
 腕自慢・ワザ自慢 132 
九州支部 
(株)カワハラネオン広告
川原 譲さん
川原 譲さん 2代目社長となって3年目の川原譲さんにうかがいました。
――仕事でのご自慢を教えてください。
 社員自慢になります。塩ビとラミネートフィルムの組み合わせで、ラミネートの変色に合わせた微妙な色合わせに苦労した事案があります。その解決にあたった社員達です。
 2016年サインディスプレイショーに、彼らと一緒に行って、色にこだわって選んだ機種を導入しました。エプソンのインクジェットプリンター高画質モデルで、その変色合わせが非常に簡単にできるようになりました。導入に当たってエプソンに相談したら、サポートメンバーが来社し、当社の社員が苦労して作った仕様に合わせて現場でプロファイルをつくり、設定に従って出力したら、長年悩んでいた変色もなく、簡単にきれいに仕上がりました。その顛末は取材されて昨年の「看板経営」の記事になりました。仕事上のトラブルが、結局は弊社の技術力を高めてくれたんです。
――いい社員さんに恵まれ、先代社長もお元気で力強いですね。
 社員や家族のお陰で今があると思いながら仕事をしています。会社だと一人では出来ないことができる。
――ご趣味は?
 ゴルフですかね。まだまだですが、丁度楽しくなってきたところです。パンクバンドのライブに行くのも好きですが今は自粛なので難しいですね。あと、ソロキャンプが楽しかった。秋にまた計画があります。
 
 う・ち・の・会・杜 169 
中国支部 (株)山口工社
貞廣友貴さん
貞廣友貴さん (株)山口工社は、父である現会長の貞廣洋一が昭和46年に創業しました。
 「山口県で一番の看板屋になる!」という想いを込めて山口工社と名付けたと聞いています。主な業務内容は屋内外広告全般の設計・製作・施工です。創業当時は高度経済成長の真っ只中、寝る間も惜しんで働き、経理をしていた母も現場に駆り出されるほど忙しかったようです。
 私が山口工社に入社したのは平成14年、28歳の時です。20代前半までは家業を継ぐつもりはなく、東京に出て看板業とは関係ない仕事についていました。
 LEDの表示器や照明が出始めたころに「これからLEDの時代が来る」そう感じた父から私に、LED表示器を扱っている会社で修行して、家業を手伝ってほしいと相談がありました。悩んだ末、愛知県の会社で5年の修行を経て、山口に戻りました。戻ってからはLED表示器の営業販売をしながら、先輩方から製作や現場のノウハウを教わり、看板業務の全てをこなせるようになりました。徐々に自分のお客様も増え、平成26年、社長に就任し現在に至ります。交代してしばらくは会長と意見が合わず衝突することもありましたが、今では自分の仕事を認めてくれているようです。
 来年で創業50年。コロナ禍でさらに厳しい時代になりますが、「安全第一」そして「丁寧な仕事」を常に心がけ、両親が築いた会社を守り、発展させていきます。

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