サインストーリー

 
「アフターダーク」
村上春樹 講談社


 広い視野の中では、都市はひとつの巨大な生き物に見える。あるいはいくつもの生命体がからみあって作りあげた、ひとつの集合体のように見える。無数の血管が、とらえどころのない身体の末端にまで伸び、血を循環させ、休みなく細胞を入れ替えている。新しい情報を送り、古い情報を回収する。新しい消費を送り、古い消費を回収する。新しい矛盾を送り、古い矛盾を回収する。身体は脈拍のリズムにあわせて、いたるところで点滅し、発熱し、うごめいている。
        …中略…
 私たちの視線は、とりわけ光の集中した一角を選び、焦点をあわせる。そのポイントに向けて静かに降下していく。色とりどりのネオンの海だ。繁華街と呼ばれる地域。ビルの壁面に取り付けられたいくつもの巨大なディジタル・スクリーンは真夜中を境に沈黙に入るが、店頭のスピーカーはまだヒップホップ・ミュージックの誇張された低音をひるむことなくたたき出している。

 
 

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