サインとデザインのムダ話

 
コロナ禍のサインに思うこと
稲田 久美さん 稲田 久美 イナダ クミ
株式会社 丹青社 / デザイナー
公益社団法人日本サインデザイン協会
関東幹事会副幹事

 新型コロナウイルスの影響で急激に世の中が一転しました。
 手探りで始まった感染対策で、マスクや検温、透明シートやアクリル板で仕切りをしたり、レジ前にラインを引いて間隔を空けたりと慌ただしく対策が取られました。某銀行で行われた待合時のソファーにキャラクターのぬいぐるみを座らせ、和やかに座る間隔を空ける対策なども話題になりました。
 緊急事態宣言が解除されて、ようやく行きつけ(と言いたい)の寿司屋へ行きましたが、カウンターに背の高い透明アクリル板を設置し、下部の手を出せるスペースから寿司下駄へお寿司を出すという完璧なコロナ対策の形で提供されました。その時は見慣れないアクリル板に、これがコロナ対策なのね!といった興味や好奇心と、大将との見えない距離に少しだけ緊張したのを覚えています。
 実際、コロナ感染対策として真っ先に出てきたのは「ソーシャルディスタンシング(社会的距離)」のサインだったと思います。今では各社や各自治体などから洗練されたデザインで多くの「新型コロナ対策の無料素材」が出ていますが、その時は地元のスーパーや個人商店は手書きやテープなどで皆さん工夫されていました。店主やご家族が描いた味のある「アマビエ」のイラストもたくさん見受けられ微笑ましかったです。
 当社でもフェイスシールドの着せ替えシートデザインを無償公開しています。プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社が慶應義塾大学田中浩也研究室と推進する、リサイクルプラスチックを利用したフェイスシールドを製作・寄贈する取り組みへの協力にあたりデザインしました。かわいい動物の着せ替えシートですのでウェブサイト(https://www.tanseisha.co.jp/news/info/2020/post-33843)を覗いてみてください。
 さて、コロナ禍のサインとして注目したいのがピクトグラムの存在かと思います。
 「マスク着用」「手洗い・うがい」「Stay Home」「ソーシャルディスタンシング」「3密(密集、密接、密閉)」など、どれも新しい生活様式の情報発信として数多くのコロナ禍仕様のピクトグラムがデザインされました。街中や商業施設、インターネットでも、この新しいピクトグラムを見る度にそれぞれが本当に良く考えられてデザインされており、よくこの短期間で作り上げているなと感動します。
 私もピクトグラムをデザインしてきましたが、シンプルにわかりやすくと考えれば考えるほど難しいものです。この短期間に生まれてきたピクトグラムの完成度の高さに脱帽です。
 どんなデザイナーがデザインされているのか、どういったアイデアがあったのか、ボツになったデザインはどういったものかといった、詳しいプロセスについても興味深いですね。
 あと一つ、コロナ禍以降デジタルの存在は急速に加速していくと考えています。リアルとバーチャルの融合はコロナ禍でのイベントや見本市、卒業・入社式などでも取り入れられていましたが、今後は手を触れずに情報を得るためのコンテンツ・サインやダウンロード・アプリなど、技術開発と共にサインのあり方も変化していくため、それに対する情報収集や知識を得ることも大きな課題となりそうです。
 巣ごもり需要と5Gの加速により日常にバーチャル空間の店舗が増えれば、バーチャル店舗・バーチャルエリアにサイングラフィックが必要となり、バーチャルサインデザインの依頼が増えそうです。バーチャルなのできっと建築にも規制がなく、どんな設計も思いのまま。…これこそセンスが問われますね。
 余談ですが、先日年配の知人から「日本人は目で話し、外国人は口で話す」という話を聞きました。以心伝心、アイコンタクト、阿吽の呼吸。目で会話できるのは日本人(アジア人)ならではのサインと言えるでしょうか。マスクひとつとっても、世界には生活習慣や文化の違いがあるようですが、その違いを踏まえつつ、何より人と人とのコミュニケーションも大切にしたいですね。
 緊急事態宣言期間中に岐阜新聞に掲載された、2m以上離れると水玉の幾何学模様に『離れていても心はひとつ』というメッセージが浮かび上がる広告が印象に残っています。「直感的に分かる=サイン」を目指すことも重要ですが、目に見えるものだけでなくほっこりするような仕掛けや遊び心のある「心に響くサイン」も大切にしながらデザインしていきたいと思います。


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