サインとデザインのムダ話

 
鉄道にもネオンの青春期があった
中西あきこさん 中西あきこ なかにしあきこ
フリーライター。日本サインデザイン協会会員。二松学舎大学大学院修了。大学時代より書道を学ぶ。2014年から月刊「鉄道ジャーナル」で連載を開始。2016年『されど鉄道文字 駅名標から広がる世界』、2018年『駅の文字、電車の文字 鉄道文字の源流をたずねる』(2冊とも鉄道ジャーナル社刊)を上梓。時代感覚あふれる鉄道の看板や書体をたずねて取材を続けている。

 マキノ正博監督のトーキー映画『泡立つ青春』(昭和9年)は、野球観戦、ヱビスビヤホールでの乾杯と賑やかに始まる。大日本麦酒(札幌麦酒・日本麦酒・大阪麦酒の3社合同で設立)のPR用に制作しただけあって、ビールの製造工程や、全国へ出荷する貨車といったシーンを盛り込む。終わりにラジオから流れる牛込芸妓連の唄と「オワリ」の人文字まで、朗らかなサービス精神に溢れる一本だ。
 フィルムの前半には、銀座のネオンを映すカットがある。右から左横書きに掲げたサッポロビール、ヱビスビール、ユニオンビール、アサヒビールの点滅する文字。瓶からビールが噴水のように吹き上がる様を彩る広告も、じつに凝っている。パターンが一周しても飽かず眺めていられる仕掛けだ。
 日本でネオンサインが使われるようになったのは、大正7年のことである。東京・銀座一丁目の谷沢靴店(現・銀座タニザワ)店頭に、アメリカから輸入した1メートルの赤色ネオン3本を、直列に繋いで灯した。ここは、初代店主が関係者と協議して革と包の二字から「鞄」(かばん)と読む一字を発案したことでも知られている。
 大正15年には、東京電気(東芝の前身)の研究開発した国産ネオンが、日比谷公園納涼会の入り口を飾った。その後、多くの屋外・屋上広告に普及する。映画のころは、まさにネオンの青春期でもあった。
 もっぱら商業用に使われるネオンだが、利用は鉄道にも及んだ。
 国鉄では、昭和5年から東海道線三ノ宮駅・元町駅と関西線湊町駅で設置を始めた。駅の外側から見通しの良い位置に、ネオンを使った駅名を取りつけた。
 当初は赤色だったが、信号の誤認を避け一般広告とも区別するために、白または青色に切り替えている。構造は、鉄の板枠を文字形に組んだ箱文字で、内側にネオン管を配して表面を白色ガラスで覆った。これにより日中の読みづらさを解消し、夜間の駅名標示に活用した。
 昭和7年には、日光線日光駅、城東線(現・大阪環状線)鶴橋駅にも設置が進む。次第に全国の主要駅や観光駅へと広がった。
 戦時下の灯火管制等を経て、終戦後の昭和21年を迎えると、進駐軍の鉄道輸送事務所を表す略字「R.T.O」(Railway Transportation Office)に赤色のネオンを使った。つづく昭和24年3月には、電力制限の緩和によってネオンの使用が一般に解禁となる。市街地で大型ネオンの建設がはじまり、翌年には、戦後初となるネオンの駅名標を池袋駅に掲げた。
 復興が進むにつれ明るさを取り戻す街と歩調を合わせるように、鉄道も荒廃した駅を再建し、様々な形で明るくする運動に取り組んだ。この流れのなかで、ネオンサインの明瞭さが認められ使用が拡大した。
 当時、駅ではどのようなネオンの駅名標が見られたのか。手がかりとなる写真が残されている。昭和30年代前半に、九州地方の駅舎の玄関口に掲げた駅の名前をカメラに収めたものである。
 まずは鹿児島本線門司駅を見てみよう。興味深いのは、同じ駅で昼夜の様子を撮ったことである。ネオンサインは、明かりを消した時と点けた時とで二つの表情を持つ。そのことにあらためて気づかされた写真だ。


 屋外で日の差す時間は、箱文字が漢字の駅名をかたどって読みやすい。一方、日が落ちて暗くなるとネオン管が灯り、にわかに存在感が増す。まだ照明の少ない駅舎の壁を照らし、その明かりが駅の目印になった。昼夜の両方が機能し、乗客を上手に導いたことが想像できる。
 もう一つは、筑豊本線若松駅だ。よく見ると、1枚の板に「若松駅」と3文字を切り抜いている。それを同じ文字形の上に重ねて取り付けた。箱文字を応用した趣きである。当時、これがどのくらい一般的な構造だったかは分からない。しかし、ネオンを使った駅名標示にさまざまな試みのあったことは伝わってくる。ある意味、鉄道におけるネオンの青春期を写したとも言えるのではないか。


 ちなみに、標示のルールは国鉄の鉄道掲示に関する規程に定めがあった。昭和29年の制定時には、電気掲示器の一つに「ネオンサイン」の名前が登場する。取り扱いは駅入口上部の駅名標で、駅名を漢字で表記し、着色は白または青白色を指定した。
 門司駅と若松駅で文字のかたちが違うのも、こうした時代ごとのルールを反映している。門司駅の丸ゴシック体よりも、若松駅の楷書体の方が古い。そのなかにも、各々しっかり息づいて駅名を照らすネオンの姿を記憶にとどめたい。

(写真提供:西日本電機器製作所)


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