サインとデザインのムダ話

 
圧倒的当事者意識のすすめ
松尾憲宏さん 松尾憲宏
magnet-design(マグネットデザイン)代表 デザイナー
武蔵野美術大学造形学部卒。百貨店建装、デザイン会社、看板製造メーカー勤務を経て2022年magnet-design設立。インテリア、サインデザイン、製造業などの経験を元にグラフィック~プロダクト、空間デザインまで幅広いデザインを手掛ける。
静岡県屋外広告物講習会 講師
静岡デザイン専門学校プロダクトデザイン科 非常勤講師

 みなさんは「圧倒的当事者意識」という言葉を知っていますか?リクルート社員に求められる、同社社員のDNAともいうべきもの。
 「物事を徹底的に自分ごとと捉える」ことで、頭文字をとってATIなどと略されることもあります。物事を自分ごとと捉えるなんて簡単そうに思えますが、実はそうそう出来ることではありません。自分の受け持つ範囲だけではなく、仕事の“全般に渡って”「自分ならどうするんだ?」と考え続けるのが(A)圧倒的な、(T)当事者としての、(I)意識なのです。
 私はここ数年、高校生や専門学校生の教育分野に関わることが増え、圧倒的当事者意識の大切さについて伝えていますが、かつて若い頃大失敗をしたことがあります。
 もう15年ほど前、ある商業施設の共用部の設計を担当しました。インテリア〜サインデザインと前職含め10年以上のキャリアを積んでいたので、それなりに何でも出来ると自信を持っていた時期。この仕事も前職のキャリアがあるために担当を任された仕事でした。
 そこでは柱周りを象徴的にリニューアルするべく、当時流行っていた金網のカーテンで柱を巻き、ライティングできらめきを出し、更にその周りをガラスで囲う二重柱のデザインを考えました。
 金網メーカーからサンプルを取寄せ感触を確かめ、金網なのに柔らかなカーテンの表情にこれはいけると確信。図面を描いて施工サイドに渡して、良いデザインになると得意になっていました。そして設置の日、別件の仕事を抱えていた私は現場監督さんにお任せし、事務所で作業をしていたのです。
 ところが…
クライアントさんからの電話が鳴りました。「もしもし?今日設置する柱なんだけど、あれでホントにいいの?」
 なんの事情もわからない私は、「はい、大丈夫です!」
 ところがクライアントさんから、「うーん、大丈夫じゃないと思う。とりあえず工事止めてもらったから、ちょっと見に来てくれる?」と…ここまできてやっと、何かとてつもなくまずいことが起きていることに気がつきました。
 現場に出向いた私が見たのは、想像を大きく裏切られた汚らしい金網の固まり。移動中に鎖同士が絡まり、かみ合ってしまってほどけなくなってしまったのです。とてもカーテンとは言えません。どうしても絡んだままの個所もあり、みっともなくて見せられるものではありませんでした。しかもガラスをはめてしまえば、はめ殺しなので一切修正できません。
 あまりにひどい固まりをみて、クライアントさんが止めてくれ、連絡をくれたのでした。
 翌日社長に報告し対策を練り、結局ガラスの中に半透過フィルムを貼り、中のきらきらした雰囲気だけ見せることで各所にご了承頂いたのですが、社長からは「いろいろ考えるのは良いけど、もっと自分のモノづくりに真剣になれよ!」とえらい叱られました。
 たかだか30cmくらいのサンプルで満足し大きなサンプルもとらず、メーカーとの下打ち合わせもろくに行わず、しかも大事な部分の施工時に立ち会うこともせず…。
 今考えると本当に恥ずかしい限りですが、自分が机上で描いたものが現物になるまでの工程を、全く自分ごとと捉えられていませんでした。図面を描けばその通りに出来るとおごっていたのです。
 この現場では、他にもいくつも失敗しました。
 現場監督にめちゃくちゃ叱られ、手を突いて謝ろうとしたところ「お前の土下座には1mmの価値もないんだよ」と吐き捨てるように言われ謝罪すらさせてもらえなかったなど、今思いだしてもトラウマクラスのつらい記憶ばかりです。
 それ以来、自分の描いたものを現物にするまでを徹底的に考え、自分で作れと言われたらどうするかを必死に想像しながら、図面を描くようになりました。
 施工屋さんからの施工図と誰よりも長く向き合い丁寧に把握し、わからない部分は自分でスケッチして作り方を問い合わせることが日課になり、いつしか施工屋さんからも、ここまでチェックしてもらえる人は中々いませんとお褒めの言葉もいただけるようになりました。
 そしてそのうち、もっとモノづくりの現場に近いところでデザインしたいと思うようになり、もろもろのタイミングが重なってデザイン会社から静岡のメーカーへ転職し、インハウスデザイナーとして施工図を描く立場になりました。
 自分が目標としていた、デザインから施工図まできちんと描けるデザイナーになるべく、金属の曲げ方の順番や製作可能なディテールなど、本当にたくさんのことを学ばせていただきました。そのおかげで、工作物の構造や加工方法による体感的な強度なども、だいぶ自信を持って判断できるようになったと思っています。
 まさにあれ以来15年、ATIと共にデザイナー人生を歩んでいたように思います。

 そしてそんな私が出会ったのが「静岡市プラモデル化計画」です。
 この計画は、プラモデルの出荷額の9割近くを占める静岡市が掲げる、プラモデルのまち静岡をもっと知ってもらいたい、というシティプロモーション。核となるのは、街にあるポストや電話などが、ある日突然1分の1サイズのプラモデルになったらワクワクするだろう!というコンセプトを形にした「プラモニュメント」です。
 このモニュメントに求められているのはどこまでもリアルなプラモデル感。プラモデル業界の人が見ても納得できなくてはなりません。
 しかもニッパーでパーツを切り離して組み立てたくなるのがプラモデル。
 つまり誰もが壊したくなるようなディテールなのに、壊わすことができない堅ろうな工作物を設計しなければならないのです(苦笑)
 これには今まで培ったデザインの見せ方から素材知識や構造的知識、ディテール、溶接の仕方など、全ての知識を総動員しました。いつもの構造計算事務所に計算できないと断られたくらいですから…(別の構造事務所を探して計算はクリアしました)
 さらにプラモデルのランナーの写真から作り方まで膨大な資料を見て勉強もしています。
 その甲斐あって、監修のプラモデル協会の方にも、ひいてはでき上がったものに対し世間のモデラーの方々にも、プラモデルらしい!と声をいただけるものに仕上がりました。
 圧倒的当事者意識を持っていたからこそ、きちんとしたものを世の中に送り出せたと感じています。15年前あの失敗が導いてくれたからこそ、ATIを持って仕事に向きあい、知識を積み重ねてこれました。
 あの時の現場監督は引き渡しが終わって挨拶に行った時も、一瞬たりとも笑顔を見せずに「まあ、お勉強してください」と言われてしまいましたが、今なら少しは認めてもらえるかな。

   
   
       
   
   


Back

トップページへ戻る



2022 Copyright (c) Japan Sign Association