ラスベガスのネオンサインに異変あり
街の発展とともに変わるネオンの位置付け
理事 小野 博之


今はなくなったスターダストのメインエントランス
[写真:  現在好景気に沸いているアメリカ、その中でもひときわ目立って快進撃を続けているラスベガス、その元気印の秘密を探り、ネオンサインの現状を確認するのが今回の視察ツアーの目的の一つでもあった。

 ラスベガスといえばネオン。きらびやかなネオンサインはラスベガスの顔であり、カジノとレジャーの街としてのラスベガスのイメージと一体のものであったはずだが、そのネオンの位置付けがいままでのラスベガス訪問に際して受けた印象と若干異なって来たように思えた。言うなれば主役の座から準主役の座に降りたというか、存在価値がやや薄くなったようなのだ。

■フラミンゴ・ヒルトンのネオンが消えた

 例えば、豪華さと作品としての完成度でナンバーワンに数えられるフラミンゴ・ヒルトンのファサードサインだ。その華麗なまでの立体造形によくぞここまでやったものと感嘆したものだが、今回はさっぱりインパクトが感じられない。うっかりすると見過ごしてしまうほどの印象の薄さなのだ。一体どうしたことかと帰国してから以前の写真と見比べてみて気がついた。以前はフラミンゴの胴体全体がエントランスの庇となって建物から突出し、すいっと立つ一本足に見立てた柱がそれを支えていたが、現在はそのエントランス部分が建物になっていてフラミンゴの胴体はその屋根上に乗せられた格好になっているのだ。今にも飛昇するかのような優雅で彫りの深い造形と、頭上からこぼれ落ちるような光の放射は見る陰もなく失われてしまっているではないか。営利をサインイメージに優先させた結果であろうが、ネオンサインに対する位置づけの変化をかいまみたように思われた。

 同様のことがスターダストの場合にも言える。かつての全体を全てサイン球でビッシリ埋め尽くし、黄金色に光り輝くUFOのように見えた巨大なメインエントランスの庇は今はなく、建物がその分迫り出してきている。その軒先部分にサイン球とネオンの帯を巡らせているが、かつてのゴージャスな雰囲気はない。

 このホテルの自立サインはネオンとサイン球の星形をちりばめて点滅させ、宝石の山がキラキラと煌めくようにロマンチックなものだが、訪問の度に少しずつデザインが変えられている。それが残念なことに新しいものほどデザインのインパクトが弱まり、個性が薄れて来ているのだ。最も顕著な違いはSTARDUSTのロゴで、このサインデザインのコンセプトにピッタリとマッチした形体が無個性なものに置き換えられている。中間部の以前のLidoのロゴが入っていた表示部分もつまらなくなっている。この変化の理由をどのように解釈すべきなのだろうか。

以前のフラミンゴヒルトン(左)と、現在の同ホテルのメインエントランス(右)
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■テーマホテルがサインを変えた

 その理由の一つは近年のテーマホテルの出現にあるようだ。例えばわれわれが宿泊したルクソールだが、このホテルは古代エジプトをテーマとしてホテル全体のデザインコンセプトを造り上げている。ロビーの巨大な空間が世紀前のエジプトの神殿をイメージしたものなら、廊下、エレベーター、客室のインテリア、調度、飾られた絵画の全てがエジプトをモチーフにしたものに統一されている。建物の形体自体ピラミッドそのものであり、全面に実物より大きなスフィンクス像とオベリスクが屹立する。その存在は視界の届く限りの遠方からはっきりと認識され、そのほかの一切のサインを必要としない。ニューヨーク・ニューヨークしかり、エクスカリバーしかり、ベラッジオしかりで全てそのホテルの打ち出したテーマがユニークな建物のデザインを構成し、これ以上は考えられないサイン性を発揮している。ネオンサインの存在目的が薄くなるのも当然のことだろう。

■映像型サインの隆盛

 もう一つは映像型サインの普及である。前回訪問の8年前にはまだめずらしかった映像型サインボードがいまや各ホテルに最低一基は備えられている。まだサイン球方式が主体でLED方式のものは少ない。技術レベルも日本より劣るようだが、とにかくその量たるやすさまじいばかりだ。考えてみればラスベガスのホテルはそのほとんどが劇場を併設し、常にレベルの高いショーの興行で客を呼んでいる。その案内のために映像型のサインボードは最適の宣伝媒体であるはず。今まで各ホテルのシンボル的な役割を果たしたサインの一部には脱着式の文字情報のスペースが設けられていたものが多い。その部分が映像ボードに置き換えられている。有名なサーカス・サーカスのサインがその代表的な例だ。日本ではコスト的に映像型サインを一社で持つことはまだ難しいといわれるが、スーパー・メガ・ホテルと称されるラスベガスの巨大ホテルなら十分採算がとれるのだろう。今後のわが国の屋外広告の趨勢を暗示する光景でもあるように思われた。

 そのサインをショーとして着想したのがフリーモント・ストリートの巨大アーケードである。このアーケードは191万個の電球をセットするためのドーム状の格子を大通りの上に掛け渡している。最高27メートルの高さは両側の建物もそれに付随サインも下そっくりそのままで、昔のイメージに変化は見られない。文字通り映像を見せるためだけに造られたアーケードである。全長420メートル、幅38メートルのスクリーンに展開される映像ショーはやはり一見の価値があり、人を呼ぶだけのものはある。近年ストリップの繁栄に伍して衰退のきざしを見せていたダウンタウンのカジノはこの出現で一挙に売上を回復したという。「20世紀は映像の世紀」ともいわれるが、この映像の魅力をショーというかたちで客の誘導に利用した発想とスケールの大きさ、実現に向けた行動力、そして技術力に脱帽。日本人にはなかなかまねの出来ないことである。

サーカス・サーカスの案内表示部分は映像式にかわった。
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■発展の秘密

 ラスベガスのホテル産業の発想は個々のホテルが自分だけ繁栄しようとするのではなく、街全体の繁栄を目指した上で各々のホテルの発展に結び付けようというところにある。そのことは自己主張しがちな従来のサインがあまり意味をなさなくなってきていることを示す。ミラージュの火山の噴火ショーやトレジャー・アイランドの海賊船ショーがそのことを強く示唆している。莫大な経費をかけて毎夜演じられるパフォーマンスはそのホテルの泊まり客のためのものではなく、ラスベガスを訪れる全ての観光客のためのものである。無償のサービス精神がこの街に客を呼ぶ。

 また、いうなれば「なんだ、それだけのことか」と一蹴されかねない、一見子どもだましのようなショーに大まじめに取り組み、金とアイディアを注ぎ込む。そして、それを大人も子どももフランクに楽しめるものに育て上げる。それがアメリカ人の特質であり、この街の繁栄の秘密なのではないかと思い至った。

 ストリップストリートとダウンタウンの中間地点に建つ高さ350メートルのストラトスフィア・タワーに昼と夜の二度上った。このカジノの都市の全容が一望のもとに見渡せる。巨大なホテル群が連なるストリップの通りがウソのように小さく貧弱に見える。ここからの夜景が素晴しい。昼間遠く四周を取り囲んでいた山容はかき消え、見渡す限りの光の海である。とても砂漠の中とは思えない。まさに大都会の光景そのものではないか。ラスベガスには現在、年間3千2百万人もの観光客が訪れ、毎年7〜8%も人口が増え続けているという。ラスベガスのホテル群の客室数は10万5千室、これらのホテルの稼働率はなんと94.6%というからすごい。ストリップストリートには目下突貫工事で建築中のホテルが散見された。その発展ぶりの中にわれわれが学ぶべきヒントが多く隠されているように思われた。


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