「下水道の施設率はその国の文化レベルに比例する」とはよく言われるが、公衆トイレの設置率は文化レベルに比例しないようで、先進国の旅でもトイレには常に苦労させられる。
中央アジアのウズベキスタンに行ったとき、後楽園球場ぐらいに広いバザールでトイレが一箇所も無いと聞かされ、ここに来る人たちは生理現象をどう処理しているのかと不思議に思ったものだが、先進国でもそんなことを考えさせられることがしばしばである。
今年の夏イギリスを旅し、ロンドンの街をまる一日半歩き回ったときもトイレには苦労した。地方の観光地では当然公衆トイレが完備していたが、全域が観光地とも言うべきロンドン市内ではどこへ行ってもこの公衆トイレが見当たらないのだ。
日本では地下鉄や電車の乗り降りで駅のトイレを利用すれば大概事はかたづく。しかし、驚いたことにロンドンの地下鉄にはどこの駅にもトイレがない。
ウズベキスタンで何度も日本に来たことがある日本通の女性ガイドが「始めて日本に来て一番感心したのは地下鉄の駅にトイレがあったことです」と言うから、こんなことごときに何でまた感心するのかと不思議に思ったものだが、ロンドンで「なるほど」と腑に落ちた気がした。かの大英帝国のロイヤル教会ともいうべき大ウェストミンスター寺院にしてトイレがないのだ。
もちろん内部の人間が使うものはあるのだろうが、観光客用のは見当たらなかった。そのとき私はここならトイレにありつけると半分その目的で入場したので、見学の路順を歩きながらかなり注意をして表示を探したから、見落とすことは無いはずだ。
さてハロッズだが、この百貨店は1849年の創業、英王室ご用達の老舗であり、数年前自動車事故で亡くなったダイアナ元妃の婚約者がこの百貨店の経営主の息子であったことでも有名になった。
経営者がアラブ人の富豪であったことから、事故は結婚の阻止を意図した狂信的国粋主義者の陰謀説まで飛び出した。
建物内部のアールヌーボー様式の装飾が素晴らしいと聞いていたので、今回のツアーでも是非見てみたいと思っていた。なるほど、古代エジプトをモチーフとした吹き抜けのエレベーター周りの装飾の豪華なこと、デパートとは思えないぐらいで金もかかっていそうだ。
家具売り場をのぞいたら、陳列家具のほとんどが細かい細工をほどこした古典調で、一瞬骨董品コーナーかと思ったくらいだが全て新品だった。もっとも英国人は何かにつけて古いものを好み、使い古してあっても骨董家具を求める人が多いそうだが。
後学のためトイレも是非拝見したいものと思っていた。日本のデパートでは各フロアのエスカレーター付近にその階の見取り図を掲げ、トイレの位置も明示してあるのが普通だが、ハロッズではそのようなものは見かけなかった。トイレも各フロアにはないようで何フロアか探し回り、方向表示の吊り下げサインを見つけたときはほっとした。
かくして、やっとたどり着いたトイレの前にはホテルのボーイよろしく、モールの縁取りのある制服を着た若い女性が立っていてニッコリと会釈した。
混血らしく肌は浅黒いがキュートな美人である。
さすがはハロッズ、わが日本の三越とは格が違うわいと思ったら「ワンポンドいただきます」ときた。何と何と、有料なのだ。
1ポンドは約180円、観光地のトイレはほとんどが無料で、有料でもせいぜい30ペンスか50ペンス(50〜90円)だったから料金もトイレにしては破格である。さすがはハロッズ。気が付けば壁際に両替機まで置いてある。いや、もっと驚いたことにクレジットカードの支払機までならんでいるではないか。こんなご親切なトイレは世界広しといえどここだけではなかろうか。
ハロッズの格式とはこんなところにあったのかと不思議に納得。
しかし、高い料金を取るだけあって中は立派、ゆったりとして気品がある。
(もっとも三越のトイレでも店によってはこの程度のものはあるが)バッチリ写真を撮らせてもらったが、気が付けばほんの少々の間だが、不思議なことにこの広いトイレの中にいるのは私とトイレ付の従業員の2人だけ。
イギリス人は自宅以外でトイレに入る習慣がないのだろうか??それとも他に無料のトイレもあるのか。帰国後かのトイレの方向案内サインを写真で確認したら、「LUXURY(豪華な)WASHROOM」と書いてはあったが、有料とは書いてなかった。
後日、加納典明が週刊新潮のコラムでこの百貨店で買い物をした時のことを書いていたのを目にしたが、靴下など高いといっても知れたものと、値札も見ずに三足買ったら一足何と1万円も取られたとボヤいていた。ハロッズなればさもありなん。
ついでに報告すれば、ロンドンでも最近人気というスシバーがこのハロッズにあった。それも1階のフロアに仕切りも無く唐突にスペースを占めていている。
日本のデパートでは1階に飲食店はまず置かないから驚いた。私はちょうど和食が脳裏にちらつく頃だったが探す時間がもったいなく、すぐそばの通りのイタリアレストランで遅い昼食のパスタをむりやり胃に押し込んできたところだったから、悔しいの何の。
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