私が三〜四歳の、戦後まもない昭和二十三〜四年頃の事だった。宮大工の棟梁だった親父のもとにはいつも大勢の職人さん達が出入りしていて、度々集まっては我が家で酒盛りを賑やかにやっていた。そんな光景をよく覚えている。
まだその頃といえば物資・食糧等非常に乏しい時であったから、今にして思えば酒とはいっても焼酎か合成酒か何だか怪しげな代物だったに違いないと思う。
そんなある日のこと、棟上げか何かの祝いの席だったのだろう、酒宴が始まっていた。親父は部屋の隅からその様子を覗いている末っ子で四男坊の私を見つけ、手招いて呼び寄せ胡座をかいた膝の上に抱いたまま皆と一緒に酒を飲んでいた。時折見上げる親父の顔は子供心に頼もしく映り、いかにも満足げにニコニコと終始上機嫌であった。
宴もたけなわ、三味線や太鼓のはやしの音にうかれた私はじっとしていられなくなり、親父の膝の前に置かれた数杯の酒を親父に気づかれぬよう一口飲んでしまったのである。やがて目の周りが熱くなり、心臓はといえばドンドンと脈打ち、頭の中は霞がかかったごとくぼんやりして、何だか理由もなく大人たちに紛れて騒ぎだしたいような不思議な気分になったものであった。親父はそんな私の様子に気づいても別段怒りもせず一向にお構いなしで、ただ目で笑っているだけであった。
いささか早すぎる私の酒との出会いはこんなふうにして親父の膝の上から始まったのである。
その後ネオン屋となって三十九年、独立してから二十四年が経った。秋も深まるこの季節になると、熱燗が恋しくなって妻と二人一杯やるのだが、そんな時決まってあの時の親父の顔や膝に抱かれたときの温もりまでが甦り、酔いとともにじんわりと私の体内に広がってくるのである。
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