ネオンストーリー

 
  「はるさきのへび」 の中の階段の上の海より -その2
椎名誠著 集英社 刊

 四丁目に近づいてくるにしたがって、左右の頭上にひろがるネオンは大きく派手になり、先生はすっかりそっちの方に気を奪われてしまったようだ。
「すごいですね。本当に光が踊っているみたいなんですね。こんなふうに一晩中ネオンが輝いているなんて、聞いてはいたけれど見るまでは信じられなくて……」
 先生は子供のように気持ちをそっくりむきだしにしてよろこんだ。
「島の人に見せてやりたいな。島のじっちゃまなんかは、ここに立ったらきっと目を回すでしょうね……」
 四丁目の交叉点の端に立って、諸見里先生は上を向いたままぐるりと頭をめぐらせていた。
 わたしはずっと昔から都会育ちだから、銀座のネオンなんて歩いていても殆ど目に入らなかったんですよ……とでもいわんばかりに、そこを歩く殆どの人は前を向いたまませかせかと慌ただしく動いていた。
 そうして先生は顔中によろこびを浮かべながら、「見てください。今日はあのネオンの上の空がまるで八重山の空みたいなんです。かたまりになった雲がものすごい速さで飛んでいくでしょう。あれは沖縄の秋の雲の走り方なんです。太平洋のずっと遠くで台風が生まれて、それが沖縄にむかってくる時なんかは、いつもこんなふうに雲が大急ぎで走ってくるんです」
 先生はぼくの顔を正面から見つめ、息を弾ませるようにして言った。

 
 

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