納涼 ゲキ辛提言

 

時代に逆行する規制の問題

  全ネ協理事 小野博之


 商業サインが公共サインや屋内サインと異なるのは規制や条例に拘束される点である。商業サインが公共の空間に位置を占め、一般大衆の目に訴えるものである以上これは当然のことであり、屋外広告物法も第1条の目的において「美観風致の維持」を先ず第一に挙げている。しかし、その規制や条例が社会の実情に適合したものであることが必要条件であることもまた当然のことといえよう。
 今年1月、日経新聞では第一面で「日本病を断つ」と題する特集記事を組み、経済停滞の中でわが国が衰弱していく情況を「日本病」と名づけ、その病根を官民のシステムが時代の変化に追いつかない制度疲労としている。屋外広告の規制においても時代状況との乖離、規制の硬直化、官僚の先送り主義が大きく影を落とし、今や円滑な経済活動を阻害し、都市の活性化に背を向けるばかりか足を引っ張る存在ともなりかねない点を憂うる。
 石原都知事が都の財政建て直しの一環として都バスのラッピング広告解禁に踏み切った事実は図らずも、商業広告が必ずしもスポンサーサイドの要望に応えるだけの存在ではなく、地方財政を潤し、ひいては経済の活性化に資するものであることを認識させた。
 ニューヨーク州では風紀的に荒廃著しかったタイムズスクエア一帯の健全化と活性化をもくろみ、1990年代に入り老朽化したビルの建て替えを促進し、ポルノ映画館、麻薬商などいかがわしい店舗の営業を禁ずると共に大通りに面するビルの壁面に一定規模以上のサインを付けることを条例で義務付けた(注1)。この計画が功を奏し、現在のタイムズスクエアは女性や旅行者が気軽にそぞろ歩きを楽しむことが出来る街として見違えるように活況を呈している。あたかも屋外サインの展示場を見るかのように、各スポンサー思い思いの趣向を凝らしたサインの放列にも度肝を抜かされるが、それが散策者の目を楽しませ、今やこの都市の名物ともなっている。
タイムズスクエアのサイン情況
 このような英断がわが国でもなされることを願うが、現実は法の定めを盾にした杓子定規な指導とその場限りの逃げ腰的行政の姿勢ばかりが目に付く。
 その象徴的な事例として新宿副都心における規制の問題を取り上げたい。現在新都庁舎を初めとして超高層ビルが建ち並ぶ西新宿の2丁目一帯は屋外サインの全面禁止区域となっているが、それを囲むような形で西新宿1丁目、3丁目、6丁目は規制区域として都の屋外広告物条例に定められている。
西新宿の規制
斜線部分は規制区域
その内側は全面禁止区域
 規制の内容として挙げられているのは赤色光の面積的な制限と点滅、露出したネオン管の禁止である(注2)。しかし、このエリアに含まれる新宿駅西口広場とその周辺一帯はいまや歴然たる繁華街となっていて、規制の理由が見出せない。現実、飲食店のほかカメラ、パソコン等の安売り量販店やパチンコ店、消費者金融が軒を連ね、競うように派手なサインを掲げている。規制などわれ関せずといわんばかりの実態はサインを規制する前にそれらの店舗の出店を禁止しなければ無意味であることを示している。
 更に不合理なことは、この規制がJRの路線を挟んで反対側の新宿駅東口広場の景観に関して何らの配慮もなされていない点である。東口広場一帯は歌舞伎町や三越、高島屋等遊興街、ショッピング街への玄関口として活況ある都市空間を形作っている。その主役を果たすのは何といってもスタジオアルタの大型情報板を中心とした空間を取り巻くネオンサイン群である。 ところが、線路の西側に建つビルの東面につく屋外サインもこの景観の一部をなしているものの規制を受けてネオンにすることは出来ない。東口からは副都心の情況は見えず、副都心の景観に線路際に建つビルの背面は関係ないはずなのにその地域の規制を当てはめることはいかにも不都合である。そのため当該面の媒体価値は低くなり、東口広場の景観形成にもマイナスとなっている。条例が単に地図の上でのみ策定されている結果に他ならない。タイムズスクエアの例に倣って日本でもゾーニングによる規制のありかたがもっと研究されるべきだろう。
西口のサイン情況 東口広場の景観
 このことに関して不思議な事態が発生した。3年前の東京都屋外広告物コンクールにおいて新宿西口に建ったパレットビル(旧新宿西口会館)のオリンパスのネオンサインが東京商工会議所会頭賞に選ばれた。この作品はオリンパスが全国主要都市に展開するオプトシリーズの最新作として遠藤亨によってデザインされたもので、作品レベルからいって充分賞に値する。しかし、この場所では露出ネオンも点滅ネオンも禁止されているわけだから、当コンクール選考委員の一人であった私は広告物の許可はとってあるのか質問した。早速新宿区の所轄窓口に問い合わせられ、意外にも許可が下りていることが確認せられた。その理由は当該ネオンがカバーで覆われているからとのことだった。
 なるほど、作品はよく見ると全面ポリカーボネート板で覆われている。
カバーで覆われた詳細
 しかし、カバーは透明だから昼間も夜間もネオンの見え方には全く関係ない。条例では露出したネオン管の定義として「ガラス又はプラスチック等に被覆されていないで外部から直接見えるもの」と解説されているのだから、当のネオンサインが被覆はされていても条例の規制を免れてはいないし、規制の趣旨からしても当然許されるべきものではない。推測するにこのビルには改築される以前からオプトシリーズの初期作品が付いていたので既得権を認める意味で、役所と代理店サイドが話し合った結果、透明カバーの設置を妥協点としたのではなかろうか。しかし、これはどう見ても条例の規制を免れえるものではなく、行政当局の見え透いた詭弁に過ぎない。なぜ不合理な規制そのものを見直そうとしないのだろうか。このパレットビルには「シチズン」「オリンパス」「カメラのさくらや」の3社がネオンサインを付けているが、「シチズン」は順法精神にのっとりFFシートのカバー式、「オリンパス」が体裁だけをつくろい透明プラスチックカバー付き、「さくらや」は規制などどこ吹く風と堂々の剥き出しの赤色ネオン点滅式で三社三様の対応に、あたかも現在の矛盾した規制の縮図を見るような光景だ。「さくらや」だけではなく、この西新宿一帯には規制関係無しの派手なネオンサインが大手をふっているが、これらは全て違反広告か無届のものということになる。極めて日本的な行政の欠陥をこの風景が象徴している。こんな「くさいものに蓋」式のおざなり的行政の例は数え挙げれば切りが無い。現在屋外サインで広く使われている塩化ビニール板やFFシート、FRP等のプラスチック素材は難燃材であり不燃材ではないため防火地域での使用が禁止されている。
三者三様のパレットビルのサイン
 その理由は建築基準法の規定にあり、その第66条に「建築物の屋上に設けるもの又は高さ3メートルをこえるものは、その主要な部分を不燃材で造り、又はおおわなければならない」とされている。それが屋外サインにも適用されるというわけだ。しかし、この条文はプラスチック素材など影も形もなかった昭和25年に制定されたものであり、現在の社会状況と著しく遊離している。この件に関し関東ネオン業協同組合では20数年前、都庁に撤廃を申し入れたが「黙認」というあいまいな解決策で妥協せざるを得ず、以降何ら問題は進展していない。広告物の許可申請に当たって、この種の素材の仕様図面は今日にいたるも網入りガラス、鉄板等不燃材に書き入れ直してお茶を濁している情況である。
 もう一つ最近急激に広告行政に矛盾を投げかける問題が浮上してきている。射出描法によるビジュアルな大型シートサインが都市のいたるところに出現しているが、東京都ではこの最大面積を100平方メートルに制限している。しかし、100平方メートル程度では広告効果は限定されとうていスポンサーの要求に応えられない。しかも懸垂幕のように建築物の壁面から独立して設置されたものは仮設物件として短期の掲出を認めながら、シートそのものを壁面に直張りしたものは恒久サインとみなして認めないというのも不思議な判断というしかない。そのため違反物件が増えてきており、大手代理店が係わる物は苦肉の策としてイベント用とか理由をつけて特例の許可を与えている。一方、アメリカの主要都市ではこの大型シートサインが随所に出現していて都市の景観を一変させるようなインパクトを感じさせられる。
アメリカの大型ビジュアルサイン
 技術の進歩が新しいメディアを創出し、それが都市景観に刺激を与え、消費経済の促進剤となる。日本の広告行政がそんな動きに目を瞑り、ブレーキをかけるばかりでは“日本病”の病根は完治せず世界の経済戦争に取り残されるばかりではなかろうか。         (了)
  初出:SDA商業サインRepont 2003
   
(注1) の条例の詳細は米国のインターネットhttp://www.ci.nyc.ny.us./html/dcp/html/zone/zonetex.htmlで公開されていてかなり大部な内容となっている。
(注2) 東京都屋外広告物条例の解説改訂4版P22の規制の抜粋
(ニ) ○赤色光直接サイン、反射サイン又は透過サインを問わず光源から発する色光又は透過材を透して見える色光が、紅赤色若しくは赤色又は桃色のものをいう。光源が赤色以外であってもその被覆部分が赤色の光を発するものも含まれる。赤色ペンキにライトをあてた場合は、赤色光ではない。オレンジ色は含まない。ただし、赤色光を使用する部分の面積が、広告物等の表示面積の20分の1以下のものを除く。
○点滅するもの一定の時間をおいて照明が点いたり消えたりするもの。映像等が連続的に動くものも含む。
○露出したネオン管ガラス又はプラスチック等に被覆されていないで外部から直接見えるもの。ただしチャンネル(みぞ形の文字わく又は意匠のみぞわく)又はこれに類する方法を用いたものはこの限りではない。チャンネル使用の場合は、原則としてチャンネル内のネオン管は1本とする。

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