アウシュビッツには一度は訪れたいと思いながら、なかなか足が向かなかった。想像を絶する恐怖の史実に対面する勇気がなかったからだ。たまたまポーランド一周ツアーに参加したため、とうとうそのチャンスが巡ってきた。
犠牲者の靴やトランクや歯ブラシなど夥しい数の陳列は何度も写真でお目見かかった通りだったが、凄惨を極める死体の山など目を覆いたくなる写真は故意に避けられていてホッとした。世界遺産としてここはヨーロッパじゅうの子供たちも見学に来るから無理もない。
仕事柄私の関心は入口に掲げられたこのサインにあった。「労働すれば自由になる」とあるが、これ以上の欺瞞はないだろう。この門をくぐった百三十万人の収容者の内生還し得たのはわずかに七千人にすぎなかった。このサインは一昨年盗難に遭い、現在見られるのはレプリカとのこと。
三文字目、Bの字の下部のふくらみが小さいのは、これを造らされた囚人たちが抗議の印とし、わざと逆さまに付けたからと言われている。
耳触りのいいサインにはしばしば毒がある。かつて「安全信用組合」がとんでもなく危険だったり、「幸福銀行」が不幸せを呼ぶ銀行だったりしたように。