写真はスペイン北部のバスク地方にあるドノスティア=サン・セバスティアンという都市である。フランス国境から南へ20キロ、大西洋のビスケー湾に位置するスペインでも有数の観光地だ。旧市街は同系色でまとまった瀟洒な高い建物が並び、その間が狭い路地になっていてバルやレストランや土産屋がひしめき、いつも観光客で賑わいを見せる。夏は日光が鋭く、路地の影がひんやりと心地良い。
歩いていると、元気の良い書体が特徴的な看板に至るところで出会うのだが、このような書体はバスク地方特有の書体でEuskal (エウスカル)書体と呼ばれている。エウスカルとは「バスクの」という意味である。その起源は中世の墓石や石碑の書体にまで遡るが、1788年頃からコーラスという人物がバスク地域の碑文書体を収集し、体系化した書を19世紀初頭に出版したことで一般的に認知されるようになった。さらに同時代に起きた文化政治的運動により広く普及した。バスク地方とはバスク語を話す人々が住む歴史的領域で、スペイン北部とフランス南部に位置しており、先史時代にまで遡る長い歴史のなか独特の文化を育んできた。この書体は正に彼らのアイデンティティを表現する書体なのである。
写真の建物から突き出ている看板にはレストランというバスク語とスペイン語、そして中央に店名が書かれている。書体は今では道や公的施設の標識のほか、バスク地方の製品などに幅広く使用されている。
サインには時に古臭く感じるものがあるが、ドノスティア=サン・セバスティアンのサインが時代を感じさせても古臭い感じがしないのは、街に根ざした歴史的文化を象徴するものであるからだろう。