昨年のベストセラーで菊地寛賞に輝いた「毛沢東秘録」(産経新聞社刊)を読んでいたら、文化大革命のさなか、四川省の成都で名物料理、麻婆豆腐発祥の店「陳麻婆」の三文字が削り落とされ、文革勝利を記念するとして「文勝飯店」と改名されたという記述があった。封建時代からの伝統料理「麻婆豆腐」は旧社会をひきずっているという理由によるそうだ。
笑止のいたりだが、一昨年の成都旅行に際しこの名物飯店で昼食を食べたことが懐かしく思い出された。そのとき撮った点灯の看板をアルバムから探し出したが、看板は真新しく、金箔張りのなまこ文字を並べた立派なものであった。
その昔、陳麻婆さんが考案したというので「麻婆豆腐」と名付けられた豆腐料理の、この店は正真正銘の発祥の店なのだ。現在は国営になっていて、若いウエートレスは恐ろしく無愛想だったが、かなり辛い目の豆腐の味だけはこくがあり、流石はと思わせるだけの一級品であった。
「文化大革命」の名のもとに旧文化を破壊する暴挙によって、取り外され、燃やされた古い看板は少なくないようだ。つくづく残念なことだと思う。