エジプトの古代遺跡はすべて南から北に流れる一筋のナイル河沿いにあり、それを巡る旅の移動は飛行機だった。カイロから古代神殿の集中するルクソールに向かう便はフライトの関係で深夜となった。シートでまどろみながらふと窓の外を見れば漆黒の空が東にいくに従い青みをまし、水平線が赤く染まっている。日の出が迫っているのだ。眠気が吹っ飛び、これから展開される光景に期待が高まった。
血のような一点が顔を出したと思ったらみるみる大きくなり地上を照らし出した。朝もやの中、一条の線となったナイル河が銀色に光る。緑のベルトが河に沿って続き、その緑が途絶えた先は灰色の砂漠が視界の届く限り地表を覆っている。それは古代エジプト文明を育んだ命の源を象徴する光景に他ならなかった。およそ五千年に及び河とともに生きるこの地の人々の営みに思いをめぐらし、地球という深遠な神の創造物を今、神の目線で見ているのだという思いをかみしめた。
搭乗した飛行機に描かれたエジプト航空のちょっと奇妙なマークはホルス神と呼ばれ、古代エジプトの神の一人である。ハヤブサの頭部を持ち天空をつかさどる。この国の航空機にこれほど相応しいシンボルマークはほかにないだろう。