Vol.51 |
活字メディアより |
車谷長吉著 平成10年直木賞受賞作品 赤目四十八瀧心中未遂 文芸春秋刊 |
「生島さん。うちを連れて逃げて。」 アヤちゃんは黙ったまま、前を見て歩いていた。私は天王寺駅に降りるのは、はじめてである。毒々しいネオンの光が輝く、繁華な街であるが、どこをどう歩いているのか分からなかった。アヤちゃんは、恐らくはこの世の外へ逃げざるを得ないところまで追い詰められているのだ。その黙って歩いて行く背中が、ネオンの色に染まり、それが次ぎ次ぎに色変りしていた。私の足の裏からは、温い血が沸騰するように、じんじん上って来る。 |