今回は珍しく日本国内のサイン登場である。
大分県竹田市に「ラムネ温泉」という少し奇妙な名前の公衆浴場がある。この一帯は長湯温泉と呼ばれる地域で、泉質は炭酸泉。湯に浸かると体に二酸化炭素の泡がびっしりと付着する。その泡を「ラムネ」に見立てて「ラムネ温泉」と名付けられたらしい。建築を手がけたのは、ラ コリーナ近江八幡などで独自のユニークな建築を生み出している藤森照信氏である。
大分の中心部からバスで約2時間、ようやく姿を現す建物は、白と黒の縞模様がひときわ目を引く独創的なデザインだ。白は漆喰、黒は焼杉の色で、自然素材の美しさが視覚だけでなく触覚的にも訴える。まるでおとぎ話に登場しそうな三角屋根の建築群は、個性的で遊び心満載だ。浴室は男湯・女湯・家族風呂に分かれており、内部も鄙びた田園地帯にふさわしい素朴そのもの。(残念ながら中の写真は撮れませんが)
そんな楽しげな建築だからこそ、大いに気になってしまうのはサインの在り方である。この館唯一の「ラムネ温泉」の館名サインは杉板に線描きのイラストで、まるで黒板にいたずら書きをしたかのよう。一方、湯殿へ導くサインはイラストではなく、「彫刻」的な表現で、統一感はまったくない。というよりこれは作者の思い付きで作っているに違いない。
男湯・女湯のサインは、男性・女性のシンボルをきわめて素朴な木彫りでかたどり、対になっている。太古の昔、ろくに服などなかった時代のサインはきっとこんなだったのかもしれないと想像できるようなおおらかさだ。よくよく見ると男女の表記が、男が丸ゴシック、女は角ゴシックとまちまち。百歩譲って男女の書体が逆ならまだ意図がわかるのだが、どうしたらこんないいかげんなデザインができるのだろう?
世の中、サイン計画と言えば、たいそうなシステムに基づいて「正しく導く」ことをよしとする。そこには秩序と安心はあるが、物語はない。
藤森流のサインはその対極のものだ。縄文的な木彫りの素朴さや落書きのような線描きは、標準化の世界とはかけ離れた趣味の世界である。しかしこのゆるい建築においては、その逸脱こそが味になっている。そもそも藤森流建築は、「物語」を紡いでいるのであり、サインはそれを盛り立てる小道具なのだ。
宮崎 桂


