文字は主役にもなる
「文字(もんじ)モジ男」という名前でグラフィックデザイナーとして活動しています。名前だけ見ると、ずいぶん昔から文字一筋で生きてきた人間のように思われるかもしれません。でも、最初から文字が好きだったわけでも、デザイナーになろうと思っていたわけでもありません。
子どもの頃から絵を描いたり、物語をつくったりすることは好きでした。ただ、将来何になりたいかと聞かれても、明確な答えはありませんでした。勉強もあまり得意ではなくて、「自分にできることって何だろう」と考えた結果、ずっと自分の中に残っていたのが“つくること”でした。
そんな僕が文字の面白さに気づいたのは、美大時代に学生演劇をやっていた頃です。役者として舞台に立ちながら、次第に宣伝美術にも関わるようになり、公演のフライヤーをつくるようになりました。
そんな中、ある劇団のフライヤーに衝撃を受けます。白黒の写真の上に、黄色い文字でタイトルが載っている。ものすごくシンプルなのに、とにかく圧倒された。それまで僕にとって文字は、読んで意味を理解するためのものだったんです。デザインにおいては脇役。でも、そのフライヤーでは明らかに文字が主役でした。
文字って、読むためだけのものじゃないんだ。
文字そのものが、表現になるんだ。
そこから、タイポグラフィにどんどん興味を持つようになりました。
今でもデザインをするときは、まずタイトルデザインから作ることがほとんどです。
タイトルだけで成立させられないか。文字だけで、その人やその店、その本が持っている空気を伝えられないか。
文字と絵の境界
文字は、そこに書かれた言葉以上のことを伝えられると思っています。たとえば、文字には「声」があります。大きな声で喋る人なら、大きな文字かもしれない。小さな声でそっと語りかけるなら、小さな文字かもしれない。力強く言っているのか、優しく伝えているのか。怒っているのか、楽しんでいるのか。同じ言葉でも、書体や大きさ、太さ、配置が変われば、受け取る印象はまったく違います。
僕にとってフォントを選ぶことは、その人の声を選ぶことに近い。だから僕は、文字を通して、その人がどんな気持ちで話しているのか、何を大切にしているのか、そんな「在り方」まで見える形にできたらと思っています。
そう考えていくと、文字は「読むもの」であると同時に、「見るもの」でもあることに気づきます。
言葉の意味だけではなく、形そのものから何かを感じ取っている。そうなると今度は、文字と絵の境界もだんだん曖昧になってきます。
「じゃあ、どこまでが文字なんだろう?」
たとえば、トイレのピクトグラム。一般的には「文字ではなくマーク」と捉えると思います。でも僕は、あれも文字の一種だと思っています。
そもそも漢字だって、元をたどれば絵から生まれています。「木」という文字も、もともとは木の形を表したものです。
だとしたら、文字と絵と記号を、そこまで明確に分けなくてもいいんじゃないか。
僕の中では、何かを伝えるために記号化されたものは、かなり広い意味で「文字」なんです。だから文字をデザインするときも、一度バラバラにして考えます。たとえば「星」という文字なら、文字の一部を星の形にしてみる。英単語の「RUN」なら、文字の一部を人の脚のように見せてみる。文字として読めるけれど、絵としても感じられる。僕はそういう、文字と絵の境界にある表現が好きなんです。
だからこそ、文字をつくるときは「どう読ませるか」だけでなく、「どう見えるか」も大切にしています。言い換えるなら、「読ませる」だけでなく「認識させる」ということです。
街を歩いていて、看板の文章を一文字ずつ丁寧に読む人はほとんどいません。チラシだって、最初に目に入るのはほんの一瞬。0コンマ数秒の世界です。
だから「冷たい」という言葉の意味を伝えるだけでなく、見た瞬間に「冷たそう」と感じる文字にしたい。言葉の意味を理解するより先に、感覚が動く。そこに文字をデザインする面白さがあります。
“ずらし”に人の顔がみえる
では、そんなふうに人の感覚に引っかかる「いい文字」とは、どんな文字なのか。これは人によって答えが違うと思いますが、僕が惹かれるのは、どこかに“ずらし”がある文字です。ほんの少しだけ線が長い。少しだけ形がおかしい。何となく引っかかる。
普通に整えるだけなら、完成されたフォントを使えばいい。そこにほんの少し違和感を加えることで、つくった人の意図や個性が見えてくる。完璧に整っているものより、「なんでここ、こうしたんだろう?」と思わせる文字のほうが、僕には面白い。その小さな“ずらし”に、人の顔が見える気がするんです。
そう考えると、文字は不思議です。ほんの少し形を変えるだけで、そこに人の個性まで表れる。
文字には、言葉を記録し、残すという大切な役割があります。文字があるから、誰かが考えたことを時代を越えて伝えることができる。そこから文化や歴史も生まれてきました。
でも文字は、ただ情報を保存するためだけのものではないと思っています。声にもなる。表情にもなる。絵にもなる。記号にもなる。そして、その人らしさや、その時代の空気まで残すことができる。
「文字で、どこまでできるんだろう」。僕自身、まだその答えは分かりません。だからこそ面白い。文字は、僕にとって人生をかけるに値するくらい、面白いテーマなんです。

太田裕介(文字モジ男)
合同会社アメイク代表
グラフィックデザイナー

