浅井愼平(写真家)
「ラスト・オーダーは何にしますか」
初老のバーテンダーに声をかけられた。
「同じもの」
「同じもの」
とぼくと友だちはそれぞれにこたえた。
ニュージーランドのクライスト・チャーチの裏通りのバー。1970年代のはじめだったと思う。東京は冬、クライスト・チャーチは夏だった。午後の10時45分。どうやら閉店は11時らしい。4~5人いた客たちが一人、二人とドアを開け帰っていく。
ぼくたちはスコッチ・ウィスキーをストレートで飲んでいた。最後の一杯を飲み終えた。腕時計を見ると11時になろうとしていた。客はぼくたちだけになっていた。
「帰ろうか」
「帰ろう」
ぼくたちはバーを出た。裏通りを抜けるとき、ぼくはバーを振り返った。バーと書かれた鮮やかなグリーンのネオンサインが、ぱっと消えた。空には星が散りばめられていた。目の奥にネオンサインのグリーンが残った。
「11時きっかりだ」
と友人が呟いた。
「そうだ、11時」
そうして、ぼくたちのこころにグリーンのネオンサインは永遠に刻まれた。11時という時間と共に。