Empty(空っぽ)という感覚

受け入れるエンプティ

これは無印良品のポスターで、2003年に作ったものです。ボリビアのウユニ塩原で撮ったものですが、ほぼ完璧な地平線が写っています。言い換えれば、地球と人間が写っているわけですね。なにもないけれど、全てがある。ようするにこのポスターの中にMUJIへのイメージをすべて受け入れているわけです。

エコだと思っている人も、都会的だと思っている人も値段が安いと思っている人も、ノーデザインだと思っている人もこのポスターを見ると、納得してくれる。つまりアイコンタクトができるわけですね。しちめんどくさいメッセージを出して行かなくてもアイコンタクトして黙ってうなずくということができる。つまりエンプティ、なにもない空っぽの器を介したあうんの呼吸をそこでやっているわけです。

日本の資源は美意識

私は日本が持っている感覚は資源だと思います。ものを作ったりサービスを生み出したりする資源は天然資源だけじゃないと思いますね。石油があったり電気があったりするだけじゃなく、ものを生み出す背景にあるモチベーションというか美意識というものこそ資源だと思います。これは比喩ではない。日本にはとても繊細で丁寧で緻密で簡潔にものを作っていく、そういう素地があるんですね。

成田空港は陳腐で古くて面白くないですが、でも隅々までものすごく清潔です。ピカピカですよ。掃除する人が5時になったらぴたっと帰るんじゃなくて、きちんとキリのいいところまでやるんでしょうね。オフィスビルもそう。道路もなめらかです。工事する人も食事作る人も掃除する人も一定の責任においてそれをやりきるという美意識を持っているんですね。日本の空間はとてもきれいだし、道路は鏡のよう。成田から車で帰ろうとするとなんて振動がないんだろうと思います。

さらに日本の夜景は世界で一番きれいだと思います。こういうことを言うと異論をとなえる人もいますが、東京というのはものすごく広くて奥深い都市ですね。ビルの1個1個の電球が切れたり明滅したりしていない。ちゃんと点燈している。こんなにきちんと管理されたしっかりした灯りが集積されている都市はないんですね。

先日NHKで「沸騰都市」を見ていたら、航空機の機長が、日本の東京の夜景が一番きれいだと言っていました。世界中の都市を空から見続けている人の声だけに説得力があり、我が意を得た思いがしました。やっぱりものを作っていくところの背景の丁寧さは日本の資源だと僕は思います。そういうふうに考えると日本は結構まだまだいけるんじゃないかと。うかうかしていると、10年後には中国に抜き去られているかもしれませんが、ここ10年の物作りをしっかり意識してやっていけば、まだまだ日本には可能性があると考えています。

先輩の方々がたくさんいらっしゃるなかで、日本の美意識の原型なんて話をするのは釈迦に説法でしょうが、冒頭に申し上げた通り、デザインは生活者の中にある欲望の水準という土壌を改善していくことを目指します。一般生活者の暮らしの中にある希求のレベルを変えていく。向上させていく。そういう土壌から収穫される果実はおそらくは、世界に対しても影響力を持つものになるはずだと思うのです。今日はその基本となる美意識の背景、あるいはその源流についてお話させていただきました。丁寧に聞いていただきどうもありがとうございました。

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